◎21年4月


羊は安らかに草を食みの表紙画像

[導入部]

 都築益恵86歳、持田アイ80歳、須田富士子77歳の三人はカルチャーセンターの俳句教室で出会い親しい友人となった。 今日、アイと富士子は益恵の夫の三千男に呼ばれて、京浜東北線王子駅近くの益恵の家を訪ねた。 益恵は三年ほど前から認知症の症状が現れ、少しずつ進行している。 三千男は二人に、益恵を連れて旅に出てもらいたいと頼む。 行く先は益恵がかつて住んだ大津、松山、長崎の國先島だ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 認知症を患った老女・益恵を連れた友人三人組が彼女の人生をたどる旅をする。 その旅の話と交互に、益恵の終戦後の満州引き揚げの過酷な状況の話が挟まれる。 その満州引き揚げ時の話はすでにどこかで語られた感はあるものの、やはり壮絶で悲惨なもので読み応えがある。 一方、現在の旅の物語は思いのほか淡々と進むが、終盤に大きな転換が待っている。 作者らしいドラマチックな話だが、最終章の展開はこの物語に必要だったのか、違和感があった。


父を撃った12の銃弾の表紙画像

[導入部]

 少女ルーの母はルーが物心つく前に世を去った。 ルーは産まれてからずっとあちこちの場所を転々としながら過ごしてきた。 父親のサミュエルはひとつの町に半年か一年ほどは腰を据えるけれど、ある日ルーが学校から帰ってくると父親がトラックに荷物を積んでいて、その日はひと晩じゅう走ることになった。 11歳の6月、母さんの生まれた町、オリンパスに着いた。 ルーが12歳になると父が銃の撃ち方を教えた。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 主人公の父親と娘が二人で暮らす現在を描く章の間に、12発の銃弾の痕が体に残る父親の1発1発のエピソードが交互に語られる。 現在パートはロードノベルであり、思春期のルーの青春、成長物語であり、親子の物語でもある。 一方父親の過去パートは一編ずつ独立しており、暴力に彩られたクライムストーリーはどれも魅力的で面白い。 また作中に時々入る大自然の景色や生き物の描写が美しく良いアクセントになっている。 心に残る見事な作品だ。


紅蓮の雪の表紙画像

[導入部]

 20歳の牧原伊吹には双子の姉・朱里がいた。 朱里は婚約していたが、1か月前に一方的に破棄し、誕生日に自殺した。 姉の遺品を調べると、大衆演劇の雑誌と死ぬ一週間前の大阪の劇場の入場券の半券が出てきた。 その日には鉢木座という大衆演劇の公演が行われていた。 姉の自死の原因が鉢木座にあるのではないかと考えた伊吹は鉢木座の公演に足を運ぶ。 若座長は鈴木慈丹という女形の男だった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 もはや遠田ワールドと呼んでもいいような、相変わらず辛く重苦しい物語。 両親からまったく愛されなかった双子の謎がミステリアスに語られ終盤まで引っ張る。 そして絶望の淵に落ちた主人公もラストでは光が見えるのだが、そこの流れ、転換の過程の描写がしつこくて、読んでいてすんなり納得はできなかった。 また背景となる大衆演劇の世界はなかなか興味深いものだったが、主人公があまりに早く馴染み、人気者になっていくあたりは作り物めいて感じた。


アンブレイカブルの表紙画像

[導入部]

 昭和初期、先の欧州戦争で戦時景気に沸いた日本経済は、終戦後の変化に対応できず、一転してどん底不況に陥った。 その不況下で多額の利益を上げているのが蟹工船運営会社だ。 漁師の谷と元学生の萩原は蟹工船に乗っていた。 その時の様子を聞きたいと二人のもとに小林多喜二という若い男がやってきた。 彼はプロレタリア文学の旗手、気鋭の小説家だが銀行員でもあった。 二人は地獄について語る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 戦前の治安維持法制下でのプロレタリア作家・小林多喜二、反戦川柳作家・鶴彬、哲学者・三木清といったアンブレイカブル(敗れざる者たち)を描いた物語集全四編で、“クロサキ”という内務省の警察官僚を全話に登場させる。 ミステリーに分類される作品だと思うが、一話目の「雲雀」のラストは痛快だが、どの話もミステリー色はそれほど濃くはない。 特高(特別高等警察)による弾圧を中心に描いて、エンタメ度は低いが、それぞれ読み応えはある。


赤いモレスキンの女の表紙画像

[導入部]

 深夜、タクシーで帰宅した女性は玄関前で立ち止まり、鍵束を探そうとバッグのファスナーを開けた。 その時、ブルゾンを着た褐色の髪の男がどこからともなく現れ、ハンドバッグの革ひもをつかんだ。 女性はとっさにバッグをつかんで抵抗するが、男は手のひらで女性の顔を押さえつけると頭を鉄扉に叩きつけた。 男はバッグを奪って逃走。 鍵や身分証を盗られ頭に出血もある女性は向かいにあるホテルに行く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 パリの道ばたで女物のバッグを拾った書店主が持ち主を探しはじめる。 やがて彼は持ち主の女性を意識するように。 話の流れや結末も容易に想像できるような小品だが、軽妙で洒脱、ロマンチックな大人のおとぎ話的な作品。 二人のすれ違いに、探偵趣味的な場面も加えて、日本の作品では味わえないようなエスプリの効いた文章も心地良い。 書店主が主人公でもあるので、本の話題、読書の魅力もそこここに出てきて、日本人作家もちらっと登場する。


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