◎20年3月


落花狼藉の表紙画像

[導入部]

 徳川幕府初期の江戸。 花仍は日本橋のはずれの傾城町、吉原は西田屋の女将。 歳は二十三で、花仍が西田屋の主、甚右衛門の女房になってまだ一年。 今日は女たちを引き連れ、五挺の駕籠で桜田の畔へ花見をしてきたところだ。 突然先頭の駕籠が止まった。 女たちが対面しているのは身形から察するに歌舞伎の連中だ。 道を開ける開けないでもめたらしい。 花仍は女たちを下がらせ、歌舞伎連中に相対する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 傾城屋(遊女屋)の女将を語り手に、吉原の変遷、紆余曲折が56年にわたって綴られる。 売色御免の町として幕府から認められ、大火に遭い、風呂屋への遊女派遣騒動等々、吉原の歴史における大きな出来事がドラマチックに描かれている。 遊女の恋も描かれるが、彼女らの遊女としての矜持、媚びず屈せず、誇りのあらわれがとても潔い。 長期間の話を300ページに収めたため人間ドラマとしての深みにはやや欠けるが、たいへん興味深い物語ではある。


最高の任務の表紙画像

[導入部]

 二月のいつ頃だったか、大学の卒業式には出ないと言ったら、案の定、母親が騒ぎ出した。 私は努めて謙虚に「ゆき江ちゃんだって、好きにしたらって言うはず」と答える。 これは少しデリケートな話題だ。 ゆき江ちゃんというのは私と大の仲良しで、この世で最も敬愛し、生きる指針としていた叔母のことで、彼女は故人であったから。 母は、是非もなしという決意を漲らせた表情で、家族みんなで行く、と宣言した。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 表題作と「生き方の問題」という中編二編。 表題作は主人公の卒業式後に家族で向かう旅の描写に、主人公の叔母とのやり取りが綴られた日記の回想が挟まれる。 「生き方の問題」は、幼いころから好きだった従姉に手紙を送る形で、主人公の心の変遷が綴られていく。 いずれもストーリーで面白く読ませる作品ではないのでエンタメ度は低いが、全体にテンポ良く、文章がとても上手い作家だと感じた。 芥川賞は候補に終わったが、受賞してもよかったな。


雲を紡ぐの表紙画像

[導入部]

 山崎美緒は高校に行かなくなってもう1か月になる。 嫌な仇名を付けられ、からかわれているうちに学校に行くのがつらくなった。 母がすぐ学校に相談に行ったが、いじめの事実はないというのが学校の見解だ。 美緒は自室のベッドに寝転がり、スマートフォンで写真を見る。 祖父の岩手県の工房、山崎工藝社の窓から見えるという羊の牧場の写真。 父はふるさとの話は一切せず、家族を連れていったこともない。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 不登校で家に引きこもる女子高生が母親と口論になり、岩手の祖父の元へ家出をしてしまう。 母親と娘は分かり合えないし、両親も不仲で壊れかけた家族。 とりわけ母親が娘をなじる言葉がひどくて、特に前半は読むのが辛い。 家族が“今”を徐々に受け入れていくに従い、物語も落ち着き、少しずつ前を向いていく。 岩手の伝統工芸、ホームスパンを上手く使って、娘の心の変化が表されている。 良作だと思うが、現実はもっと厳しいよとも感じてしまった。


ザリガニの鳴くところの表紙画像

[導入部]

 1952年、ノースカロライナ州の海岸沿いの湿地帯。 その中に小屋を建てて住んでいる貧乏白人のクラーク一家。 6才のカイアの父ジェイクは酒を飲んでは家族に乱暴する男だった。 カイアは、母が青い旅行鞄を手にして玄関から出ていくのを見た。 それから数週間後、いちばん上の兄と二人の姉たちもいつの間にか姿を消した。 そしてとうとうカイアのすぐ上の兄ジョディも、父から暴行を受け家を出て行った。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 全米500万部突破、ニューヨークタイムズベストセラーリストに現時点で79週上位ランクイン中の大ベストセラー。 作者は野生動物学者。 物語は、主人公カイアの母が家出した1952年以降の彼女の暮らしを描くパートと、1969年に村の青年の死体が発見されカイアの関与が疑われるパートの二つが交互に語られていく。 美しい自然の中で孤独に耐えながら生きる娘のパートが素晴らしい。 ミステリーパートも法廷劇として緊張感に満ちている。 傑作と感じた。


別れの季節の表紙画像

[導入部]

 江戸城の西北、雑司ヶ谷にある矢島家は代々御鳥見役。 御鳥見役は将軍家が鷹狩をする御拳場の管理をする役だが、それは表向き。 江戸周辺の地形調査やお役を隠れ蓑にした他藩の偵察という裏の任務もあった。 嘉永六年の小正月も過ぎた日は大雪だった。 その中、矢島家の久太郎は近々の鷹狩のために八王子まで鷹を運ぶため出立した。 しかし降雪のため府中宿を過ぎた辺りでいよいよ進行が滞る。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 開始から20年にもなるという長寿シリーズの最新作。 時代もの情緒たっぷりの安定した読み応えの短編6話。 いずれもしっとりとした時代小説としての趣を感じさせる描写だ。 話はここまで続くとどうしても変化に乏しくなるところだが、今回は黒船来航という大きなトピックを入れるなど、時代の流れを背景に、読み手を飽かさず楽しませる。 一家を支える要はもちろんお鳥見女房の珠世だが、いよいよ世代交代かと思わせるエピソードも用意されている。


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