AUGUST

◎20年8月


今日も町の隅での表紙画像

[導入部]

 私は小学5年生の島愛里。 クラスの副委員長。 そして委員長は長野昇人くん。 長野くんは四月に転校してきて、始業式翌日の学級会のクラス委員決めの場で委員長に立候補した。 さすがにみんなも先生も驚いたが、結局決まった。 副委員長は女子のリーダーの飯田さんが私を推薦して私に決まってしまった。 長野くんは熱心だった。 あまりにも熱心すぎた。 先生の指示をクラスのみんなに忠実に伝え、守らせたのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 30ページほどの短編10編。 主人公は同じ地域の女子小学生から42歳のレジのおばちゃんまでと多彩だ。 いずれの物語も作者の長編諸作と同様、特にドラマチックな急展開はない、いつもの比較的淡々とした心地良い語りで安心して読めたが、逆に言うとそれ以上の驚きなどはなかった。 どれもひととひととの繋がりの話なのだが、多くの話で“離婚”がひとつのキーワードになっているのはそういう時代なのか。 それでも光が見える結末になっているのは良い。


黄金列車の表紙画像

[導入部]

 1944年12月、ドイツの同盟として戦っていたハンガリーは敗色濃厚だった。 大蔵省の官吏バログはユダヤ人からの没収財産を管理するユダヤ資産管理委員会の現場担当者に任ぜられた。 ロシア軍が首都に迫ってきたため、没収財産を保護・退避させるべく列車が編成され、バログはそれに乗り込むことになった。 財産積載の貨車のほかに客車を連結し、警備兵の他、委員会のメンバーやその家族が乗り込んだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 第2次大戦末期、ハンガリーの首都ブタペシュトを出発した「黄金列車」の史実をもとにしたフィクション。 困難に満ちた列車の道程、バログら役人たちの苦闘の話のところどころに、バログの今は亡き妻との生活やユダヤ人の知人との交流などの回想が挟まれる。 前半は状況がよく飲み込めず読みづらかったが、後半は物語に引き込まれた。 財産を奪おうとする有象無象の輩にお役所仕事で抵抗する資産管理委員会の役人たちの手際が読ませる。


壊れた世界の者たちよの表紙画像

[導入部]

 ニューオーリンズ市警の特捜部麻薬課のジミー・マクナブが班長を務めるチームが船のガサ入れに向かっていた。 ホンジュラス人の麻薬犯罪組織のボス、オスカー・ディアスが大量のメタンフェタミンの水揚げに利用する貨物船へ乗り込むのだ。 チームの面々はSWATさながらの装備を整えている。 銃弾がジミーの頭をかすめた。 相手は徹底抗戦を望んだようだ。 ジミーたちは狭い通路で身動きが取れなくなった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 珍しいウィンズロウの中編集で6編からなる。 いずれも120ページ前後で、内容も読み応え十分な作品ばかり。 現代アメリカが抱える諸問題が鋭く描かれ、その理不尽さ、残酷さが胸を締めつけるようだ。 過去のウィンズロウ作品の懐かしいメンバーが時を経て登場する楽しい話もあるし、どの物語もページをめくる手が止まらない面白さがある。 正義を追求するものが多いが、コミカルな話、衝撃的な話などなど多彩な作品集で、まるで玉手箱のようだ。


少年と犬の表紙画像

[導入部]

 大震災から半年。 地震や津波で家を失った人々はいまだに避難所生活を強いられている。 コンビニの駐車場の隅に犬がいた。 被災者の犬かな、と思いながら中垣和正は車を停めた。 店内に客の姿はない。 店員は犬が朝からいるので保健所に電話しようかと思っていると言う。 犬は腹ぺこのようだ。 首輪に“多聞”という名が書かれている。 和正は車のドアを開け犬に声をかけると多聞は助手席に飛び乗った。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 直木賞受賞作。 馳星周は7回目の候補でようやく受賞に輝いた。 作品は連作短編6編からなるもの。 なにかを捜しているようなシェパードと和犬の雑種“多聞”と出会った人たちの物語。 どの話も面白く、味わいのあるものになっているが、それぞれの結末がみな不幸になってしまうのは連作としての構成上致し方ないところか。 それでも最終話は爽やかな感動作になっている。 人間と犬の絆が強く感じられ、全体に作者の犬への愛情に満ちた作品集だった。


さよならエンペラーの表紙画像

[導入部]

 マグニチュード10.0の東京直下地震。 スーパーコンピューターによるAIが地震の規模と日付、時刻まで予測した。 政府機能は関西に移転、企業は本社・支社を東京から移転させ、天皇の住まいも赤坂御用地から京都に移された。 そんな廃れた東京の巣鴨で青年は暮らしていた。 青年は山手線の網棚の新聞に目を留めた。 そこには田中正なる者が、東京帝国の皇帝になることを決意したという広告が載っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 巨大地震予測により日本の首都機能を削がれ廃れた東京で、皇帝を名乗る男が現れ民衆と交流していくという、ファンタジーに分類されるような設定の話だが、一方、ひとりの青年の成長譚として面白く読めた。 青年は皇帝なる男の付き人を務めることになるのだが、実はその青年にも大きな秘密があった。 そこには“皇室”という微妙な題材を正面切って取り上げているのだが、話に堅苦しさはなく、爽やかな印象の物語に仕上げられているところは良い。


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