◎19年6月


とめどなく囁くの表紙画像

[導入部]

 逗子にある母衣山庭園住宅という超高級分譲地。 その中で塩崎家は山の頂上にあり敷地もいちばん広い。 塩崎早樹は41歳、夫の克典は72歳の年の離れた再婚同士の夫婦。 克典は祖父が興した玩具会社の業務基盤をゲームソフト会社に変え大会社に仕立てたが、6年前、あまり顧みなかった先妻を突然病気で喪っていた。 また早樹の夫、加野庸介は8年前の秋、三浦半島に一人で海釣りに出かけ帰らなかった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 海釣りに出たまま帰らなかった夫。 死亡認定され、妻は再婚。 8年後その姿が目撃される。 そして無言電話。 桐野作品としてこの設定はかなりそそられる。 物語は、妻が心の葛藤に押しつぶされそうになりながら真相を探っていく様子が描かれるのだが、日々揺れ動く感情が作者らしく表現されている。 先夫側の姑や現夫の家族らとの神経をすり減らすようなやり取りもいかにも桐野作品らしい。 最後は作者には珍しい終わり方だが、これもありだと感じた。


夜が暗いとはかぎらないの表紙画像

[導入部]

 平べったい、体育館みたいな建物の中に鮮魚店やらクリーニング店やらパン屋やらがおよそ十以上もひしめきあっているあかつきマーケット。 あかつきんはあかつきマーケットのマスコットだ。 その着ぐるみの中に入っているのは商店会会長の八波クリーニングの息子の来人くんなのはみんな知っている。 ところがあかつきまつりの最中に、来人くんの代わりに入った人が急に暴れ出して行方知れずになったという。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 大阪市近郊にある暁町という下町に住まう人々を次々にリレーしながら描いていく、各20ページ程度15編の連作短編集。 それぞれの話の登場人物が思うにまかせない現実、面倒な人間関係や悩みを抱えながら頑張って生きている姿が優しいタッチで描かれている。 ドラマチックに話が大きく展開するということもなく、どちらかというと暗めの話が多くなってしまうが、作者がそっと登場人物たちの背中を押すような感じでまとめられていくのが良い。


おまえの罪を自白しろの表紙画像

[導入部]

 埼玉県戸畑市の公園で緒形麻由美は3歳の娘の柚葉を遊ばせていた。 夫は市会議員。 兄は県議で、父親は地元で有名な衆議院議員の宇田清治郎だ。 近所づきあいも仕事のうち。 妻の人柄も一族の評判に直結する。 柚葉を乗せ自転車で帰路へ。 必ず大通りを利用し地元民に愛想を振りまくよう父に言われていたが、近道の農道を選んだ。 後ろから来た軽自動車が横に並んだ時、自転車ごと横倒しになる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 誘拐犯罪ミステリだと思ったら政争のドラマだった。 人質解放の条件として身代金ではなく、政治家として罪を自白するよう要求された祖父の国会議員。 発表される罪の内容によって影響の余波を恐れる他の議員たちとの政治的な駆け引き、思惑のぶつかり合いが物語の多くを占める。 無論警察の捜査も描かれるが比重は低い。 終盤は秘書を務める次男が活躍するのだがちょっと唐突な印象で、犯行動機・経緯もあれっという感じで想定外に平凡だった。


トリニティの表紙画像

[導入部]

 72歳の木下鈴子の携帯電話が鳴った。 イラストレーターの早川朔が亡くなったという連絡。 電話の向こうが誰なのか分からないが、亡くなった場合の連絡リストに鈴子と登紀子の名前があったと言う。 火葬場の場所と登紀子への伝言を頼まれ電話は切れた。 鈴子は昔、出版社に勤めていて、その頃登紀子はフリーライターの先駆けとして活躍しており、早川朔は才能に溢れた花形イラストレーターだった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 50年前、ある男性向け週刊誌(平凡パンチがモデル)の出版社で出合った三人の女性を主人公に、現代日本の半世紀における女性の仕事や人生について語られる大河小説。 仕事、男、結婚、家庭と懸命に生きていく女性たちの姿が、その時代背景のうねりと共にたいへん鮮やかに描き出されている。 仕事バリバリの輝きの姿だけでなく、苦悩、挫折もしっかり書かれており、また職業婦人のみでなく専業主婦も加えて描き分けられているところはさすが。


イタリアン・シューズの表紙画像

[導入部]

 元外科医のフレデリック・ヴェリーンは66歳。 母方の祖父母から受け継いだスウェーデンの東海岸の群島にある小さな島にひとりで住んで12年。 世間から隔絶された暮らしを続けてきた。 たまに話をする者は群島の郵便配達人くらい。 彼は氷に穴を開け冷たさの中に身を沈めるのを日課としていた。 ある冬の日、穴から出て家に戻ろうとした時、遠くの氷上に女がひとり立っているのに気付く。 幻ではなかった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ミステリー小説だと思ったら、世捨て人のように暮らす男の愛と贖罪の物語だった。 40年も前に捨てた、かつて愛していた女の突然の出現から過去に引き戻されていく男。 彼女から昔の約束の履行を迫られ、渋々承諾した旅路での衝撃には本当に驚かされた。 そして主人公が今の生活に入るきっかけとなった出来事にも正面から向き合おうとする話もたいへんドラマチック。 北欧の静謐な自然の中で、人間の感情の激しいぶつかり合いが描かれている。


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