◎18年12月


ひとつむぎの手の表紙画像

[導入部]

 三十代半ばの平良祐介は純正会医科大学附属病院の医師。 心臓外科に入局して六年以上が経つ。 夜勤明けで疲労のたまった朝、PHSで医局長から教授室に来るよう連絡が。 すぐに医局棟にある心臓外科の主任教授である赤石源一郎のもとへ向かう。 赤石から、明日から心臓外科に回ってくる三人の研修医の指導医になるよう要請される。 三人のうち二人を入局させれば祐介を希望病院へ出向させると言う。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 一流の心臓外科医になるという夢のため、病院の激務に耐えてきた主人公が、若い研修医の指導に悪戦苦闘する医療ヒューマンドラマ。 現役医師の作者だけあって、大学病院組織内の人間関係、権力構造と軋轢、若い医師らの苦悩も書き込み、そしてもちろん手術・治療場面は非常にリアル。 救急医療の場面も緊迫感と迫力がある。 また怪文書の犯人探しというミステリーの要素を巧みに取り入れ、娯楽性も増している。 感動的で爽やかなラストも良い。


用心棒の表紙画像

[導入部]

 ジョー・ブロディーはニューヨークのストリップクラブ・ランデブーの用心棒。 ハーバード大学を放校処分、陸軍を不名誉除隊という経歴で、愛読書はドストエフスキーという男。 ジョーの雇い主はイタリア系マフィアのドンのジオ・カプリッシだ。 そんなクラブにある晩、SWAT部隊が急襲を仕掛けてきた。 問答無用で逮捕されたジョーは留置場へ放り込まれる。 そこで彼は旧知の中国系の窃盗のプロからあるヤマに誘われる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全編スピード感のある波乱に富んだ犯罪小説で、気楽に楽しめる。 主人公はなかなか魅力的に描けているし、登場人物は多いが造形も簡潔で、読んでいて混乱はない。 射殺することになんのためらいもないあたりは、いかにもアメリカの犯罪もの。 国家の重要機密品を収める建物が簡単にハッキングされ侵入を許すというのはどうかと思うが。 巻末の解説にあるような、黒澤明の「用心棒」との共通点も、主人公が三船敏郎にぴったりだとも思わなかったな。


ファーストラヴの表紙画像

[導入部]

 聖山環菜、22才は、殺人容疑で逮捕される。 被害者は環菜の実の父親である画家の聖山那生人。 事件当日、アナウンサー志望の環菜は都内でキー局の二次面接を受けていたが、具合が悪くなり途中で辞退。 数時間後に父親が講師を務める美術学校を訪ね、呼び出した父親の胸を買ったばかりの包丁で刺したのだ。 臨床心理士の真壁由紀は、出版社からの依頼で、環菜の半生を本にまとめることになる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 直木賞受賞作。 殺人の動機がまるで不明の女子大生に対し、主人公の臨床心理士が本人への面接や丹念な周辺調査により真実に迫っていく。 終盤の意外性もあり、ミステリーじみた物語ではあるが、全体に陰鬱とした印象で、じりじりと先が見えない展開のため、もうひとつ話に入り込めない。 主人公についても夫の弟との関係が深い精神的な傷として語られるが、そこまでのものなのか。 事件としての捜査側の視点が希薄なのも気になった。


ディス・イズ・ザ・デイの表紙画像

[導入部]

 大学生の貴志の地元の三鷹には、プロサッカーリーグ二部の三鷹ロスゲレロスというチームがある。 貴志は中学の時は家から自転車で20分というスタジアムによく足を運んでいた。 チームは三部に降格したり、また二部に昇格したりという成績だった。 高校に入り貴志はほとんど地元のことにかまわなくなっていたが、バイトの同僚が同じ二部のネプタドーレ弘前のファンだと知り、再び三鷹のことが気になりだした。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 日本各地のプロサッカーリーグJ2のチームを応援する人たちを描いた短編11編+エピローグ。 シーズン終盤の試合の様子も描かれるが、各話それぞれひとりのサポーターを中心に据えて、その人のドラマが鮮やかに生き生きと描かれている。 たいしてドラマチックではないが、人と人のつながりが優しい、あたたかで読後感の良い話ばかり。 中では特に、長らく会っていなかった父方の祖母とサッカー観戦を通して交流する短編がとても良かった。


そしてミランダを殺すの表紙画像

[導入部]

 ヒースロー空港のラウンジで実業家のテッド・セヴァーソンは、ボストンへの直行便を待ってマティーニのグラスを傾けていた。 そこで若い女性に声をかけられる。 女はウィンズロー大学に勤めているリリーと名乗る。 さらにグラスを重ね酔いが回るうち、テッドは女に自分の妻ミランダが浮気をしていること、自分は妻を殺すことを望んでいると話してしまう。 するとリリーは、殺すべきだと思うと応え、協力を申し出る。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 年末各誌のベストテン選びで軒並み上位に選ばれている作品だが、たしかに面白い。 男女の浮気にともなう混乱と顛末、それに社会病室者が絡んで、と物語自体にさしたる新味はない。 しかし男女4人それぞれの独白形式で交互に語られる物語は、狙う側、狙われる側が入れ替わり立ち替わり、何度も唖然とさせられる驚きの展開で、ラストまで一気に読ませる。 ちょっと遠いが「見知らぬ乗客」で始まり、「太陽がいっぱい」で終わった感じですね。


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