AUGUST

◎18年8月


あなたを愛してからの表紙画像

[導入部]

 レイチェルの父親の名はジェイムズだった。 どこかの大学の講師だったことしか知らない。 ジェイムズが家族のもとを去ったのはレイチェルがもうすぐ三歳になる頃だった。 母に父のことを聞いても教えてくれず、憤慨し、また狼狽するだけだった。 その母はレイチェルがボストンで大学の授業に出ているとき、車を運転していて信号無視のタンクローリーに突っ込まれて亡くなった。 レイチェルは母の友人などに父のことを尋ねる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 物語は三章仕立てだが、大きく分ければ2つ。 第1章はレイチェルが父親探しをするやや退屈な話に終始し、ルヘインのミステリー本としては読んでいて戸惑うばかり。 第2章ではレイチェルが夫に疑念を抱くあたりから話が急展開を始め、以降第3章からラストまで場面転換も早く、読者はルヘインに強引に振り回される感じ。 謎解きの要素もあるし、真相の見えないサスペンスたっぷりの展開で存分に楽しめる。 ただ結末は、ここで終わるのという感じでした。


火影に咲くの表紙画像

[導入部]

 幕末の世、詩人・梁川星厳が死んだ。 高名な詩人の葬儀だけあって昨夜から弔問客が絶たず、この日の昼過ぎ、埋葬が済んでようやく人の出入りが途切れた。 妻は五十半ばになった紅蘭。 彼女が又従兄にあたる星厳を初めて見たのは十四歳のとき。 星厳が開いた漢詩の塾に入った。 そして十七歳で星厳のもとに嫁いだ。 村一番の美貌の娘が三十過ぎの禄も土地もない男のもとへ嫁入りしたのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 幕末の動乱と混迷の時代、京都の地で、自らの信念のもとに生きた男女を描いたそれぞれ40数ページの短編6編。 主人公となるのは、詩人の妻、祇園の芸妓、新撰組の沖田総司、薩摩藩士の中村半次郎など。 どちらかというと女は芯の通った人物、男は時代の混乱の中で迷いを持って描かれている。 中では沖田総司と名もない老女との交流を描く第3話「呑龍」、気位の高い祇園で一番の芸妓が高杉晋作を想い続ける第4話「春疾風」がとりわけいい。


宝島の表紙画像

[導入部]

 われらがオンちゃんは、“戦果アギヤー”としてあのアメリカに連戦連勝し続けた英雄だった。 米軍基地から奪ってきた戦果を、身内だけでなく地元中に配ってまわった。 包帯や医薬品、食料はもちろん衣類や毛布や運動靴、資材庫からせしめてきた木材で小学校も建った。 自分たちだけが世界一の軍隊を面白いようにきりきり舞いさせていて、周囲を見渡せば、親友のグスクも、弟のレイも、恋人のヤマコもいる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 第2次大戦終結後、アメリカの施政下にあって、米軍の駐留、基地の増設が続いた沖縄での、1952年から約20年にわたる物語。 本土復帰までのリアルな戦後史としても興味深いが、英雄として崇めていた男の行方不明後の3人の青年男女が走り抜けた自立と闘争、希望と悲しみの物語がとにかく熱く語られる。 消えた英雄の行方を探るミステリーとしても面白くできているが、熱いエネルギーがほとばしる骨太な青春群像小説として会心の作品。


生き残りの表紙画像

[導入部]

 戸湊伍長と丸江一等兵は北ビルマでの米支軍との負け戦を経てマンダレーに向け転進・敗走している途中、イラワジ河の渡河地点まで到達した。 その河畔でひとりでひどく疲れた様子でたたずむ兵隊に出会う。 渡河地点に達した安堵が感じられない兵隊に戸湊伍長が歩み寄る。 上等兵だった。 中隊から6名の分進隊とされ、見習士官を指揮官としてつけられて転進中にゲリラに襲われひとりになったと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者が得意としている、戦場という極限状態に立たされた人間心理を鋭く描くミステリー。 中隊から切り離され、経験の乏しい見習士官をつけられて分進隊として転進する6人が、ひとり、またひとりと命を落としていく。 敵に殺されたのか、自決か、まさか味方に、とサスペンスは盛り上がる。 また終盤には驚きの事実も明かされる。 日本軍の敗走における、想像を絶する状況での、神経が疲弊した兵士の心理・人間模様が緊迫感を持って語られる。


IQの表紙画像

[導入部]

 黒人居住区で暮らすアイゼイアは探偵のような仕事をしている。 警察が手を出さないような事件を優先的に引き受け、隣人から助けを求められたら厄介な仕事でも応じる。 報酬目当てではなく、払える者が払える範囲でというスタンス。 彼は街に出た。 小学生の女の子が通り過ぎた後、ピックアップがのろのろ通り過ぎ、その後クロロフォルムのような匂いを感じた。 ピックアップが急発進し、アイゼイアは急ぎ追跡する。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 日系アメリカ人作者による黒人コミュニティを舞台とした物語で、数々のミステリー文学賞の新人部門を総なめにした。 物語は、大物ラッパーからの依頼仕事を扱う現在のパートと、8年前アイゼイアがまだ十代だった頃の悪友ドットソンとの盗みの日々が交互に描かれる。 ドットソンとは終始スラングによる激しいやり取りをしているのが面白く、全体に適度なアクションを交え、緩急をつけたテンポの良い展開で十分楽しめる。 続編が待ちきれない終わり方だ。


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