◎18年4月


オンブレの表紙画像

[導入部]

 私がジョン・ラッセルに出会ったのは1884年7月、デルガドが運営するアリゾナの駅馬車中継所だった。 駅馬車路線を経営するボスのメンデスと共に中継所へ来たのだ。 私の役目は会社の所有物件の目録を作ること。 そこにオンブレことジョン・ラッセルが呼ばれた。 メンデスは私に「ラッセルをよく見ておけ。あんな男にはまずお目にかかれないから。」と言った。 まさにその通りだったと、今でははっきり断言できる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 エルモア・レナードがノワール、犯罪小説で有名になる前に書いた西部小説。 駅馬車に同乗した男が持つ大金を狙って追いすがる悪党どもと伝説の男オンブレの息詰まるような死闘が描かれる。 読者をぐっと引き寄せるオンブレの登場場面もうまいし、アリゾナの荒野での追跡劇はサスペンスたっぷり。 駅馬車に同乗した人々の人間模様の描き分けも巧みだ。 なお本書には「三時十分発ユマ行き」という短編西部小説を併載しており、二作とも後に映画化された。


テーラー伊三郎の表紙画像

[導入部]

 福島県の田舎町。 海色と書いてアクアマリンと読ませるとんでもない名前を付けられた高校生の津田は、官能漫画家の母と二人で団地暮らし。 母の仕事部屋には過激な性描写で埋め尽くされた書きかけの漫画が散乱している。 十月後半の朝、通学途中にあるテーラー伊三郎という店のショーウィンドウを見上げ彼はぽかんと口を開けた。 そこには十八世紀のロココの技巧そのままのコルセットが飾られていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 老舗洋装店に飾られた女性下着・コルセットに魅せられた男子高生が、頑固な老店主と組んで新しい服飾文化に挑戦する姿を描くエンタメ小説。 乱歩賞作家の作者が自らの服飾に関する学歴・業歴を活かした作品。 スチームパンクな女子高生や町の職人たちを引き込んでの奮闘劇はうまくいきすぎの感はあるが、老若男女入り乱れての元気の出るドラマになっている。 コルセットの斬新な活用が語られるが私にはちょっとイメージが掴めなかった。


折りたたみ北京の表紙画像

[導入部]

 北京の街は職業や階層・貧富の差により三層のスペースに分割されており、24時間ごとに層が回転・交替して建物は折りたたまれていく。 生まれたときから第三スペースで暮らしてきたラオ・ダオはごみ処理施設従業員。 昨日第二スペースに忍び込み、チン・ティエンという学生から、第一スペースに住む女性にプロポーズの贈り物と手紙を届ける仕事を請け負う。 ラオ・ダオはベン・リーに第一スペースへの行き方を教わる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 アメリカ在住の中国人SF作家ケン・リュウが編纂した現代中国SFアンソロジーで、7作家13作品に中国SFに関する3エッセイを収録。 いずれも卓抜した着想と奇想の物語が展開し中国SFの水準の高さに驚かされる。 中国4千年の歴史をバックにした悠揚たる作品もあればユーモアを感じさせるもの、ハードな作品もあり、ヴァラエティに富んだ作品群で存分に楽しめる。 特に印象に残るのは表題作と、三百万の兵を並べる人間コンピュータの「円」。


庭の表紙画像

[導入部]

 新幹線と在来線を乗り継ぎ、この駅前から午前午後一本ずつしかないバスに乗る。 忙しい年度末近い時期にやっとのことで取得した有給休暇を里帰りに費やすのはもったいなかったが、電話で済ませるのも悪い気がした。 私は夫と離婚する。 そのことを両親に報告せねばならない。 「明日がうらぎゅうだな」と一番前の座席の禿頭の老人がバスの運転手に話しかけた。 他に乗客はいないようだ。(「うらぎゅう」)

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 数ページから25ページ程度、15編の短編集。 怪奇ものとまではいかない、動物や虫、草花などを登場させたちょっと不思議な、現実と非現実の境目のような薄気味の悪い感じの作品が並ぶ。 作者らしい相変わらず段落が長い独特の文章だが、今回はさらにその特徴が極端になったようだ。 文章にリズムは感じるが、短い会話文が前後左右脈絡無く延々と続くあたりはさすがに読みづらい。 冒頭の「うらぎゅう」の土俗的な薄気味悪さが面白い。


ダ・フォースの表紙画像

[導入部]

 2016年7月、ニューヨーク市ハーレム。 市警マンハッタン・ノース特捜部、通称“ダ・フォース”の班のリーダー、マローンは班員のルッソ、モンティ、ビリーと共に武装してヘロインの摘発に向かっていた。 ある建物の前ではドミニカ系ギャングの男が見張り番に立っている。 マローンのチームはその夏ずっとその建物の二階にあるヘロイン工場を監視していた。 今夜、工場は金とヤクでまるまると肥っている。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 全編圧倒的な熱を持って展開するウィンズロウ渾身の警察小説。 1000ページ近い長編だが物語は冒頭から最後まで一気呵成に走り続ける。 前半は市警のエリート特捜部“ダ・フォース”のヒーロー刑事マローンがチームの面々と共に、危険をものともせず犯罪を摘発していく様子が小気味よく描かれる。 一転後半は悪徳警官ものとなり、腐った組織の一員でもあったマローンの転落と孤独、究極の選択と裏切りのドラマで、初期の馳星周の作品を思い出させた。


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