◎17年9月


あとは野となれ大和撫子の表紙画像

[導入部]

 2000年、5歳のナツキは両親と中央アジア、ウズベキスタン領のアラルスタン自治共和国に住んでいた。 父は日本のODAによる植物工場の技術者。 当時、アラルスタンの主権宣言によりウズベキスタンとの間で紛争が起きていた。 そしてある日、空爆によりナツキの住んでいたアパートは破壊され両親は亡くなった。 ナツキは後宮の女性に拾われ15年が過ぎた。 アラルスタンは名実ともに独立国家になっていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 中央アジアの架空の国を舞台としたファンタジーロマン。 後宮の若い女性たちが主人公の物語だが、後宮といっても日本の大奥のようなところではなく、女性たちの高等教育の場で、努力次第で官僚や議員への道が開かれているそうな。 元気がよく明るい活劇小説といった感じで、全編テンポよく進む。 だが大統領暗殺という国の混乱の中、中枢を若い女性が占めて、わいわい言い合いながら国政を進めていくという“乗り”にはついていけなかったです。


蘇我の娘の古事記の表紙画像

[導入部]

 皇極四年(645年)六月十二日の午の刻。 蘇我蝦夷邸の片隅に建つ国史編纂室が地震のごとく揺れた。 抜けるような青空なのに、右手にある宮の上空に突然黒雲が現われ凄まじい雷雨が襲ったのだ。 作業をしていた船恵尺は、これは女帝の怒りだと感じた。 蝦夷の親衛兵が絶叫をあげる。 大郎入鹿が中大兄皇子に討たれた、と。 恵尺は急いで作業を中断し、机上の巻子一巻のみを懐におさめ身を隠す。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 珍しく飛鳥時代における物語で、天地開闢が綴られた古事記の起源が語られる。 百済からの渡来人の盲目の娘をヒロインに据え、そのまさに波瀾万丈の生涯が古事記の成り立ちと見事に絡めて描かれ、非常に興味深い作品。 あわせて家族の絆や男女の熱情なども描かれ、歴史ロマンとして読んで面白い物語になっている。 各章末には、語り部がする数多の神々が登場する神話の世界や古墳時代の伝承話が載せられ、これも面白く興味深い。


BUTTERの表紙画像

[導入部]

 町田里佳は大手週刊誌「週刊秀明」の記者。 ここ数年世間を騒がせている首都圏連続不審死事件の被告人で東京拘置所に勾留されている梶井真奈子に取材を申し込んでいる。 梶井は2013年、半年の間に起きた三件の殺人により逮捕された。 被害者は40代から70代の独身男性。 死因は自殺とも事故とも取れるが、直前まで梶井が傍にいたことが逮捕の決め手だった。 そして取材承諾の返信が届く。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 実際にあった木嶋佳苗事件をモデルにした力作。 女性記者が被告人に徐々に搦め取られていくような前半、その状況から脱するも思わぬ彼女の反撃に遭う後半と読み応えのある物語だった。 また、料理やバターなどの食材が物語のポイントになっている点もなかなか面白いが、あくまで主体は女性記者の奮闘ぶりで、もう少し事件そのものを描く部分があってもよかったか。 女性視点の、全体にちょっと胃もたれしそうなほどこってりした濃い物語。


ゴーストの表紙画像

[導入部]

 小さな機械部品工場を経営する五十がらみの男が語る幽霊譚。 彼は大学の春休みに不動産屋のアルバイトを引き受けた。 都内の一角の地図の区域内を戸別訪問してアンケート調査をするのだ。 原宿の路地の奥の万年塀に薄暗い入口があった。 中に入ると左側に完全な洋館が、右に和館が連なっている。 背後に人の気配を感じ振り向くとどこか懐かしい感じの服装の十歳くらいの少女が立っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 30ページ前後の短編7編。 書名は“ゴースト”でもホラー色は薄く、幽霊が出てくるものもあるが、怖さ、薄気味悪さはさほどでもない。 いずれも派手さもなく淡々と幻想的に語られるが、妙に惹きつけられる話が多い。 1923年製のアメリカのミシンが、戦前・戦後の日本で辿る波乱に富んだ数奇な変転を描く「ミシンの履歴」、1928年に原宿に建てられた和館と洋館をつないだ折衷住宅に住み着いた幽霊を描く巻頭の「原宿の家」が印象に残った。


その犬の歩むところの表紙画像

[導入部]

 傷だらけだがなお逞しい老犬が、愛のない生活を逃れ荒れた土地を走るハイウェイを西に歩いていた。 やがて犬の強いにおいを感じ進むと建物の看板にセント・ピーターズ・モーテルとあり、自分が目的地に着いたことが分かった。 そこには経営者のアンナがエンジェルという盲目の犬と暮らしていた。 辿り着いた老犬を彼女は受け入れ、首輪にあった不鮮明な文字から類推して犬を“GIV(ギブ)”と呼ぶことにした。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 理不尽に翻弄される一匹の犬の過酷な運命の旅を通して、犬の持つ善良さ、愛の塊とも言える姿と共に、人間の“生命”に対する傲慢さ、愛情、連帯、勇気などが描かれる。 300頁弱の比較的短いコンパクトな物語だが、様々な要素が詰め込まれ、なにか壮大な物語を読んだ気にさせられる。 愛の物語ではあるが、とにかく波瀾万丈の展開が続き最後まで面白さも十分だ。 また闘う、反逆のアメリカ人魂を象徴するようないかにもアメリカ的な物語でもあった。


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