◎17年5月


羊飼いの暮らしの表紙画像

[導入部]

 イングランド北西部の端にある山がちの僻地“湖水地方”。 1974年、語り手ジェイムズ・リーバンクスは、ひとりの老人とふたつの農場を中心とした世界に生まれた。 誇り高き農場主である祖父を頂点とする一家は、渓谷にある小さな農場を営み牧羊で暮らしている。 総合中等学校に通っていた頃、女性教師に言わせれば、義務教育が終わった時点で学校を離れて羊飼いになるのは愚かな生き方でしかなかった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 イギリスの湖水地方で古くから続く羊飼いの家系に生まれた著者が、羊飼いの生活の日々を綴ったもの。 物語は、この土地が世界的な景勝地でもあることを中学生で初めて知るところを前置きに、夏から始まり季節ごとに章立てされ、牧羊の営みが語られていき、そこに著者自身の成長や家族の記録、地域の景観が挟まれていく。 初めのうち文章が硬いが、オックスフォード大学への進学や羊の飼育の様々な試練と喜びなど、読んで面白い作品になっている。


罪の声の表紙画像

[導入部]

 京都にある個人経営の服屋「テーラー曽根」。 主人の曽根俊也は、入院中の母からメールで頼まれたアルバムを探すため母の部屋の電話台の引き出しを開け、黒革のノートとカセットテープを見つける。 ノートには「ギンガ」と「萬堂」の文字。 そしてテープには30年ばかり前に起き未解決だった食品メーカー恐喝事件「ギン萬事件」で犯人側が使った子供の声が録音されていた。 それは俊也自身の声だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 実際に1984年から85年にかけて起きた食品メーカー恐喝事件「グリコ森永事件」の設定そのまま、事件の真相を創造した小説。 前半はやや動きが鈍いが、未解決事件を追う新聞記者がある一線を越えると、後はラストまでぐいぐい引っ張る面白さがある。 もともと複雑で長期間、広範囲の事件ではあるが、丁寧かつ緻密に組み立てられたストーリーには感心するし、また辻褄合わせに終わらず、家族をめぐる人間ドラマとしてもしっかり描けている。


血縁の表紙画像

[導入部]

 寺島は目出し帽を被りコンビニに入った。 まっすぐレジに向かい、店長にナイフを向けレジを開けるよう脅す。 そのとき事務室の電話が鳴り出す。 店長は伝票に「でていいか」と走り書きしてこちらに向けてきた。 寺島はその問いかけに応えずレジを開けるよう繰り返し、やがてレジの一万円札を鷲掴みにして外へ逃げた。 そして目出し帽を脱ぎ店に引き返す。 捜査のために犯罪場面を再現してみたのだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 30から50ページほどの短編ミステリ7編。 交換殺人とか、法律の盲点を突いたもの、刑務官を主人公にしたもの、犬の嗅覚を扱ったもの等々、各作品とも趣向がこらされており、一冊を通してそれなりに楽しめる作品集になっている。 ただ、推理ものとしてひねりもいくらか加えられているが、ラストの切れ味という点ではどれも鮮やかとは言いがたい。 ホントに?と突っ込みたくなるようなものもあるし、話の後味もすっきりしないものが多かったな。


ぼくの死体をよろしくたのむの表紙画像

[導入部]

 あたしは中学生の頃から、年二回黒河内璃莉香を訪問し続けた。 それは18年前に自殺した父の遺言に定められたことだからだ。 黒河内璃莉香は、昔父が大きな恩を受けた相手なのだという。 現在58歳で、ミステリー作家。 背が高く、スタイルが良く、結婚したことはないというけれど、いまだにいつも男の影がある。 「あなた、恋愛には、興味ないでしょ」と見透かすように言われた。 図星だった。(表題作)

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 雑誌「クウネル」連載等の8から15ページほどのごく短い短編18編。 人生の一瞬を切り取ったような話もあれば、短いページの中で人の一生を読ませてしまう物語もある。 抑揚の少ないドラマもあれば、SFめいたもの、サイコパスのようなぞっとするもの、魔法使い等々、いろいろなものを見せてくれる作品集だ。 平易でたおやかな感じの文章はスッと心に入ってくる。 人生の幸せというものをふんわりと描いた「土曜日には映画を見に」が好きかな。


ダークナンバーの表紙画像

[導入部]

 警視庁刑事部捜査支援分析センターの渡瀬敦子警部は分析捜査三係の係長。 三係は、東京都町田市と神奈川県相模原市にまたがる地域で発生している連続通り魔事件に投入されていた。 すでに6件発生、被害者はすべて女性、歩行中に棒状の凶器で殴打されている。 渡瀬は次の発生場所を予測し、自ら囮となって高校の制服を着て農道のような小道を歩いていた。 他の捜査員が周辺を固める。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主要登場人物が警察側とテレビ局側に分かれ、双方が追う事件も凶悪事件がふたつということで、かなり話がごちゃごちゃしているが、なんとか整理できている感じ。 渡瀬警部と対をなすテレビ局の土方玲衣のキャラはかなりエキセントリックだが、業界人ならありうるか。 後半、真相の端緒が見えると、ラストまで緊迫感たっぷりに物語は進み、なかなかの盛り上がり。 犯罪の動機、真相もかなり作り込まれており、ドラマチックに仕立てられている。


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