AUGUST

◎17年8月


書架の探偵の表紙画像

[導入部]

 E・A・スミスは推理小説作家の複生体(リクローン)。 スパイス・グローブ公共図書館の蔵者であり、書架の棚に住んでいる。 館外に貸し出されるか、閲覧の指名がかからない限り、閉館時間になるまで自分の棚を出ることは許されない。 白い肌の女性コレットがスミスの手を取り、スミスは自分の棚から飛び降りて閲覧テーブルへ向かった。 コレットからの書物についての質問に的確に答え、10日間借り出されることになる。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 亡くなった作家の記憶を身体に植え付けた人間の複生体が、書物の代わりに図書館の書架に置かれ借り出されるという実に奇抜な発想のSFに、ハードボイルドな雰囲気のミステリがミックスされた作品。 ミステリとしての切れ味はさほどでもないが、22世紀の社会状況や登場する道具類などのアイデア、扉の向こうは異星世界といった趣向も楽しめ、滑らかなストーリーの流れで面白く読める。 2015年の本国出版当時、作者は84歳というのは驚き。


ボクたちははみんな大人になれなかったの表紙画像

[導入部]

 朝のラッシュの地下鉄の窓に映し出されたボクは紛れもない43歳の男だった。 スマホには恵比寿で待ち合わせているアシスタントから何度も電話が。 すでに約束の時間を過ぎているが、癖でフェイスブックを開くと、女性のアイコンが「知り合いかも?」の文面と共に目に飛び込んできた。 彼女はかつて「自分より好きになってしまった」その人だった。 ボクは電車から降りることもできず、彼女のページに見入った。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 恋愛小説であり、都会に生きる男の永遠に疲れがとれないような生き様を描いた小説。 過去と現在を交互に描き、全編にわたってとてもリズムの良い文章が綴られるが、その言葉たちは決して軽くはない。 ちょっと胸を突いてくるような言葉が並ぶ感じか。 彼女との出会いからの過去の恋愛パートはけっこう切ない。 硬軟取り混ぜたようなその文体から、心地よい読書体験が味わえる。 カバー写真そのままのような雰囲気を持った作品だった。


英国諜報員アシェンデンの表紙画像

[導入部]

 イギリス人作家のアシェンデンは、あるパーティーに招待され中年の大佐に紹介された。 大佐はアシェンデンに話があると言い、翌日の来訪を依頼してきた。 約束の場所に赴くとそこには“売り家”の看板が。 呼び鈴を鳴らすとすぐ下士官が出迎えた。 大佐は諜報部ではよく知られた人物で「R」と呼ばれていた。 ヨーロッパの数ヶ国語に通じているアシェンデンは、Rに諜報活動への参加を要請される。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 英国人作家の第一次大戦中の諜報活動を描く連作もので、実際に工作員だったというモームの実体験も物語にかなり反映されているらしい。 主人公が諜報員としてリクルートされる第一章を含め全十六章に、ドラマチックなもの、あっさりした結末のものなど九つの物語が収められている。 国際スパイものといっても1928年作と古く“007”シリーズのような派手さはなく、諜報員の日々の活動が地味に綴られた物語だが、かえってリアルさを感じる。


北海タイムス物語の表紙画像

[導入部]

 平成2年4月の札幌。 野々村巡洋は北海タイムス社の入社式に出るため、タクシーで社屋に向かっていた。 新聞社だけ14社採用試験を受け、記者職で採用されたのは北海タイムスだけだった。 来年には大手新聞社に入れるよう今年度は再度試験に臨むつもり。 だから1年だけこの街で仕事を覚えると考えていた。 残雪で渋滞の中、途中で車を降り、走ってようやく開始2分前に会場にすべり込む。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 腰掛けで入社したつもりの若者が、希望を外れた部署に配属されてしまい、嫌々仕事に臨んでいたがやがて・・・、という流れとしては見えてしまう物語だが、とにかく熱い。 前半は重苦しい雰囲気が漂っているが、ラスト100ページはまさに直球の“熱血”お仕事小説になっている。 実際に作者自身が北海タイムス社に在籍していたというだけあって、社内の様子、ブラック企業そのものという就業ぶりから新聞作りの細かいところまで非常にリアル。


遠縁の女の表紙画像

[導入部]

 片倉隆明は剣は好きだったが一刀流八段のうちの五段止まり、一方学問は好きでもなかったが不得手ではなかった。 二十三歳を迎えた寛政の年のある日、御国で徒士頭を務める父から武者修行に旅立つことを奨められる。 それを切り出されたときは驚いた。 なにしろ寛政の御代なのだ。 すでに刀は用いるものでなく、武家が政に当たるしるしと化していた。 武者修行はあまりに浮世離れして聴こえた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 中編表題作とやや短い2編の時代もの作品集だが、特に連作ではない。 繋がりはないが、3編とも武士には厳しい時代の中で女性が重要な役どころを担っている。 いずれもミステリー仕立てになっており面白いが、最初の「機織る武家」の、家の中で居場所のなかった嫁が一家を支えていくあたりが読ませるし機織りの様子が興味深い。 表題作は結局女に手玉に取られる武士の話という印象で、武者修行の決着が中途半端に終わったのは残念。


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