◎17年4月


駄犬道中おかげ参りの表紙画像

[導入部じ]

 辰五郎は十五のときから二十年、博打で飯を食ってきた。 今日も危ない筋から借りた金、十両をつっこんだ駒札を抱えての勝負。 結局、半刻後にはほとんどの持ち金を失っていた。 これで借金が利子を合わせて五十両。 もはや年貢の納め時、別れの挨拶に大家の家に向かうと、今日はお伊勢講の日だった。 皆で金を出し合い、今日くじ引きで決まる代表者が伊勢参りに行ってご利益を持ち帰るという仕組みだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 借金取りから逃れながらの伊勢参りの辰五郎と、奉公先を黙って抜け出してきた“抜け参り”の三吉、赤子ができず家出し自殺を図っていた沙夜の3人に代参犬の翁丸が加わった一行が向かう伊勢までの道中が、宿場ごとに語られていく。 波瀾万丈というほどの出来事はあまりないが、彼らが道中徐々に心を通わせ合う様子が微笑ましい。 お約束どおり収まるところに収まる話だが、宿場の様子や名物もうまく取り入れ、飽きさせることなく楽しく読めた。


しんせかいの表紙画像

[導入部]

 19歳の山下は船に乗って北へ向かっていた。 俳優や脚本家になりたい者が共同生活しながら、その勉強をすると共に、自分たちの住む場所を作ったり、雪のない時期には農家に出て働いたり、馬の世話をしたりするところ。 主宰する人は知らないが、入学金や授業料が一切かからないということで、応募して試験を受けたら受かったのだ。 俳優になりたかったのかどうかはわからない。 映画は好きだった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 芥川賞受賞作の表題作と、演劇を学ぶ場に入るための試験を受けに上京した一夜を描く短編。 作者は実際に倉本聰の富良野塾で学んだそうで、この小説は限りなく自伝に近い自伝的小説ということか。 同じ目的を持った若い男女が共同生活している場で、当然のように結び付きや軋轢があり、青春小説の趣はある。 文章は簡潔すぎるかと思えば一文が非常に長かったり不定だが、妙にテンポが合って読みにくくはなかったものの、印象の薄い作品。


無貌の神の表紙画像

[導入部]

 深い森に抱かれた小さな集落に数軒の茅葺きの家が軒を並べ、陰気な人たちが住んでいた。 住人はみな、特に目的も持たず、与えられた仕事はなく、義務もなかった。 私はその集落では珍しい子供で、私以外はみな大人だった。 道の先には古寺があり、そこに顔のない神が座していた。 その神は傷を癒やす力を持っていた。 ある日、全身傷だらけの住人が寺を訪れると、神は男の頭を吸い込んだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 怪談専門誌の「幽」に連載された不可思議なダークファンタジー短編6編からなる。 怪奇なもの、時空を超えるもの、人間と動物の垣根を越えるもの等々、どの話も設定、展開ともヴァラエティに富んでいる。 簡潔な文章はリズム良く、いずれの物語も面白く読める。 幕末末期から明治初頭の伊豆諸島の流刑地を舞台にした「青天狗の乱」、人間の言葉を理解し片言を話す虎が出てくるファンタジー色の強い「カイムルとラートリー」がやや抜けた感じ。


コードネーム・ヴェリティの表紙画像

[導入部]

 1943年、ナチ占領下のフランス。 イギリス空軍婦人補助部隊の無線技術士クイーニーはスパイとして捕虜になる。 フランスに来て48時間と経たないうちに、道路を横切るとき反対方向を見ていたことから、ゲシュタポに逮捕されたのだ。 ナチスの親衛隊大尉に下着姿にされた後、無線暗号と引き換えに服を返してもらった。 次にイギリスの民間人による戦時協力について告白するようインクと紙を渡される。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 二部に分かれ、第一部はナチに捕らわれた無線技術士クイーニーの手記、第二部は彼女の親友で女性飛行士マディのやはり手記のような構成。 アメリカ探偵作家クラブによるエドガー賞のヤングアダルト小説部門受賞作品ということだが、冒頭からなかなか物語世界に入り込めないまま終盤まで苦労して読んだという感じ。 YA小説というのに話が分かり難く、とりわけ第一部は冗長な印象。 占領地でのレジスタンスの活動描写も緊迫感が不足気味。


最良の嘘の最後のひと言の表紙画像

[導入部]

 巨大IT企業ハルウィン社。 超能力者であることを採用条件とする入社試験を実施する。 採用は1名のみ、待遇は年収8千万円で65歳まで雇用を約束するというもの。 2万人の応募者の中から書類審査と面接を経て7名が最終試験に進んだ。 試験は3月31日の午後6時から12時まで。 受験番号1番の者にあらかじめ渡された採用通知書を奪い合い、時間終了時にそれを手にしている者が採用されるのだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 7名の自称“超能力者”が、1通の採用通知書を巡って超能力を使いながらの騙し合いを展開する。 物語はその最終試験の開始から終了までを、スピード感をもってノンストップに描いていく。 序盤は簡潔な状況説明に続き、奪い合いの始まりが素早い展開で綴られていて面白く、今後を期待させる。 しかしそのうち参加者が嘘をつきあいその能力を使い始めると、読んでいて今の本当の状況を掴むことが困難となり、徒労感が残る読書となった。


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