◎16年10月


室町無頼の表紙画像

[導入部]

 寛正二年(1461年)、才蔵は、食い詰め牢人の子として生まれ、ただひたすら食うことに必死なまま、17歳となっていた。 今は、両端を薄鉄で覆った六尺棒を武器に、法妙坊という銭貸し業の男に土倉の用心棒として飼われている。 ある夜、土倉の分厚い引き戸が丸太で突き破られ、賊たちが乱入してきた。 賊は二十人はいる。 激しい刀槍の戦いの中、才蔵以外の用心棒の影はすっかりなくなっていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 室町時代後期、戦国の世への転換期を生きる才蔵ら三人の男を主人公に、動乱の時代を背景に描く痛快アクション時代劇。 幕府などなにするものぞという気概を持った彼ら無頼の徒の、身分格差を打破する勢い・エネルギーが伝わってくるような熱い物語だ。 200ページ弱まではいわば物語のプロローグ、才蔵が老人から棒術の修行を受けるあたりから最後まで物語は一気呵成に動いていく。 剣劇、土一揆の場面など、動きのある描写で迫力十分。


ミスター・メルセデスの表紙画像

[導入部]

 2009年4月9日深夜、仕事を求めているオーギーは最終バスに乗って合同就職フェアの開かれる市民センターに向かった。 会場一番乗りを狙ったが、扉の前にはすでに少なくとも20人は並んでいる。 オーギーの前は赤ん坊を連れた若い女。 翌朝午前5時、行列の最後尾は霧に飲み込まれて見えないほどになった。 その行列の集団に、突然巨大なグレイのセダン、メルセデスが突っ込んできた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ホラーの帝王スティーヴン・キングが、ホラーの彩りのない純正ミステリを書いた。 そしてアメリカ探偵作家クラブが最高のミステリに授与するエドガー賞を受賞した作品。 意外や犯人を早々に明らかにし、犯人側の語りの章も組み込んで話を進める。 語りはいつものキングのそれで、スーパーナチュラルな味付けはなく、物語の面白さで読者を引っ張っていく。 退職刑事ら三人のコンビの組み合わせ良く、クライマックスへの盛り上げは半端ない。


誰がために鐘を鳴らすの表紙画像

[導入部]

 錫之助は県立諏那高校の三年生。 定員割れが続いていた学校は来年三月で廃校になる。 共学校なのに男子ばかりだ。 ある日、校門を出ようとしたところで教師のダイブツに呼び止められる。 他の3人と共に、音楽準備室にある楽器を駐車場にあるトラックに運ぶよう手助けを頼まれる。 楽器を役場の倉庫に運ぶそうだ。 その倉庫が一杯になり、残った箱にはたくさんのハンドベルが入っていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ほんわかしたコメディーが得意の作者だが、この作品もいい。 女子高との合同練習を夢見て、友人でも何でもなかった男子4人と先生1人が部をつくり、徐々にハンドベル演奏にのめり込んでいく様子が描かれる。 意外性はなく適度な障害にあいながら順調に進むストーリーは、イヤミなく安心して楽しめる。 派手に喧嘩しながら絆を深めていく若者たちも、お約束通りの描き方だが、青春している様子に思わず微笑がもれる気持ちの良い作品。


晴れた日の森に死すの表紙画像

[導入部]

 ノルウェーの地区警官グルヴィンのもとに12歳くらいの太った男の子が息荒く飛び込んで来た。 カニックという名の少年はハルディスが死んでいると伝えに来たのだ。 ハルディスは森の中の小屋にひとり住まいの老女。 またカニックは小屋の横でエリケ・ヨルマを見たと言う。 エリケ・ヨルマは精神科病棟に収容されているはずだったが、グルヴィンが確認したところ、彼は病棟を抜け出していた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者は北欧5か国の最も優れたミステリに与えられる”ガラスの鍵賞”受賞作家で、本作は捜査を担当するコンラッド・セイエル警部のシリーズの三作目に当たる。 エリケ・ヨルマがたまたま起きた銀行強盗の人質になるという思いもかけない展開で、逃亡者と捜査陣の二つの視点から物語はスリリングに進んでいく。 終盤には再度カニック少年が邂逅し、緊迫感が加速する。 また、幕間には警部が人間的に描かれ、ドラマとしても面白い作品。


みかづきの表紙画像

[導入部]

 昭和36年、22歳の大島吾郎は習志野市の小学校に用務員として勤めて三年目になる。 木造校舎の北端にあてがわれた吾郎の仕事場兼住居は、一部の学童から「大島教室」と呼ばれていた。 勉強が分からないと言うこどもに頼まれるまま用務員室で勉強を見てやったのが事の始まりだ。 今では連日二十人近くが押し寄せる。 その中で常連の一年生の赤坂蕗子は、もともと申し分ない成績だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 学習塾の運営に一心に情熱を注いだ者たちの、50年近くの変転を描いた大河小説。 また大島吾郎と妻、娘たちそして孫たちの親子三代を描く家族小説、人生のドラマでもある。 猪突猛進する女たちに手を焼く男の姿は読んでいて辛いが、長尺の物語は、山あり谷ありで波乱に富み、長さを感じさせない。 理想だけでなく現実の厳しさがしっかり描かれている。 物語の時代背景が私の生きてきた時代とシンクロしているので懐かしく読めた。


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