◎16年11月


その雪と血をの表紙画像

[導入部]

 オーラヴ・ヨハンセンは麻薬業者のホフマンから仕事を請け負う殺し屋。 ホフマンのライバル業者である”漁師”の手下のひとりを始末し、電話ボックスからホフマンに仕事がすんだことを伝える。 すると翌日新たな依頼が。 なんとホフマン自身の妻を始末してくれと言われる。 オーラヴはホフマンのアパートの向かいにあるホテルの部屋から、妻コリナの行動を監視する。 襲うのに最も適した時間を割り出すためだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 短い物語だが、しんしんと降る雪のような静かな余韻が味わえる作品。 狂気を孕んだ殺し屋と二人の運命の女を主要登場人物とする暴力と裏切りの物語は、作者自身が好きな作家の筆頭に挙げるというジム・トンプスンの暗黒小説の世界から、ブラックなユーモアを削ったような雰囲気を感じさせる。 そぎ落としたような簡潔な文章で物語はテンポ良く進み、あっという間に終わってしまうような作品だが、最後の愛を請う男の姿は見事に切なく美しい。


籠の鸚鵡の表紙画像

[導入部]

 梶康男は下津町役場の出納室長。 教員の妻との二人暮らしだ。 三か月前、信用金庫の貸付担当に教えてもらったスナック「Bergman」に入り、店のママの増本カヨ子と知り合った。 三度目に店に顔を出した時、出納室長の名刺を置いてきたところ、カヨ子から封書の手紙が届いた。 その内容は、一人身の女の性生活にまつわるエピソードを小出しに披露するといった体の露悪的な文面で、彼は面食らう。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 実直な公務員だった男が色仕掛けに引っかかり転落していく話に、鉄砲玉に使われたやくざが海外逃亡を図る話が合わされた犯罪小説。 冒頭の趣味の悪い手紙には辟易したが、やくざが絡んであっという間に転落していく様子はかなりリアルだ。 その後、物語はやくざの抗争にメインが移るが、後半は、梶と峯尾というやくざが再び相まみえるところに向けて、ページをめくる手が止まらない。 やや古さを感じさせるが、緊迫感のあるドラマである。


綴られる愛人の表紙画像

[導入部]

 森航大は富山県に住む三流大学の三回生。 どうでもいいことでどうにか日々を塗りつぶすような人生。 同じサークルの沙織とも付き合っているようないないような。 大学の課題の参考資料から「綴り人の会」という、個人情報を明かさぬまま不特定多数の相手と文通できるシステムを知る。 会報を取り寄せたところ「凛子さん」の自己紹介文に目が留まる。 そこにはある種の露骨さ、生々しさが感じられた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 月2回転送される手紙をベースに物語は進む。 匿名の分身に真実の自分を託して語り合ううち危険な領域に入り込む男女の話なのだが、夫の束縛からと創作の自由を求める童話作家の女に、未熟な若者が翻弄された話という印象だった。 学生の閉塞感は出ていると思うが、女の側に急速に傾いていく切迫さがもうひとつ感じられない。 女の本音も曖昧で、人間とはそういうものと言ってしまえばそれまでだが。 また双方ともに結末は甘いと感じた。


氷の轍の表紙画像

[導入部]

 大門真由は今年三十才、北海道警釧路署の刑事課強行犯係の巡査長。 父は釧路署を退職して5年、脳梗塞で倒れてから1年、リハビリ専門病院にいる。 真由は出勤時に母を病院に送り、退勤時に家に送り返す生活を続けている。 海から死体が上がった。 釣り人が消波ブロックの隙間で見つけた。 真由は、遺体の服装、麻の半袖シャツに違和感を覚える。 道東の7月は二十度に届かぬ日も多いのだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 いつもの作者どおり北海道東部を舞台とした、犯罪捜査ものの人間ドラマ。 乳児置き去りや子供の売買といった重く忌むべき事柄が底にある物語は、7、8月という時期を描いているのに凍てつく空気が全編を覆っている。 捜査ものとしてはいろいろ不満もある。 証拠固めは不十分だし、そもそも事件の動機が薄すぎる。 桜木作品には特徴的だが、観念的なものがそのままセリフとして出てしまっているようで、今回は特に違和感が大きかった。


明るい夜に出かけての表紙画像

[導入部]

 富山は大学を休学して、実家を出て横浜の六浦で木造アパートを借りコンビニで働いている。 毎週金曜日は休みをとっている。 深夜にアルコ&ピースのオールナイトニッポンがあるからだ。 富山は小さい頃から人に触られるのが嫌いで、ネットで調べると接触恐怖症という言葉も出てくる。 今夜は、常連のミミさんが富山の制服についた髪の毛を取ろうと手を伸ばしてきたのを思わず突き飛ばしてしまった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 人とふれあうことが苦手で、ラジオの深夜放送を聴いて番組に投稿するのが趣味の男子が、友人たちとの交流の中で、なんとか自分を変え前に進んでいこうとする姿を描いた青春小説。 大学を休学し実家を出ての「逃亡生活」でも、懸命に前を向こうとする主人公のひたむきさ、真面目さが爽やかだ。 自己を表現したいという若者たちの姿が眩しい作品。 自分は深夜放送からはもう〇十年も遠ざかってしまったが、あの頃を懐かしく思い出した。


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