◎16年1月


ペンギンのバタフライの表紙画像

[あらすじ]

 佳祐は妻の藍子を交通事故で失った。 信号待ちの藍子の車に、往年の人気ミュージシャン菅野ヒカリ運転の車が激突、二人とも病院まで息がもたなかった。 その2日後、佳祐はタイムスリップに挑む。 以前、藍子から教えてもらった都市伝説、 都内の住宅街にのびる長い坂道を自転車で後ろ向きに下れば時間を遡れるという。 そんな与太話を信じたわけではないが、一縷の望みに縋りつく思いだった。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 ゴリゴリのSFではないタイムスリップドラマ5編。 自転車で坂道を下って時を遡る、老人に突然僕は君の生まれ変わりと宣言される、2年の時差でのメールのやりとり等々、つかみは良い。 それぞれが上手くまとめて終わる話だが、時空間の不可思議さは何となくもやもやした感じで終わってしまった。 読み進めていくうちにそれぞれの短編が微妙につながりを持っているのが分かり、もう一度初めから通して読めば面白さはだいぶ違うと思われる。


革命前夜の表紙画像

[あらすじ]

 眞山柊史は、ドレスデンの音楽大学でピアノを学ぶために東ドイツに留学してきた。 バッハの権威であるアルムホルト教授の教えを受けるのだ。 日本と東ドイツは友好関係を結んでいる。 柊史は、東ベルリンを走る車の中で、昭和が終わったことを迎えに来た東ドイツの外務省職員から聞いた。 留学生のほとんどは共産圏の出身。 大学とアパートを往復し、ひたすらピアノに没頭する日々が始まる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ベルリンの壁が存在した時代に、東ドイツの大学にピアノ留学をした青年が主人公。 前半は、多くの天才が集まる音楽大学で悪戦苦闘する主人公が描かれ、後半は一転して、東ドイツ国内の自由を求める運動の急激な盛り上がりと、その中である事件に巻き込まれる彼が描かれる。 当時の共産圏の監視社会がかくもと思わせる描写で、緊張感のあるたいへん意欲的な作品。 後半のミステリの要素はなくても十分成り立つ作品だと思った。


つつましい英雄の表紙画像

[あらすじ]

 ある朝、運送会社のオーナー、フェリシト・ヤナケの家の玄関扉に封筒が貼り付けられていた。 中には、会社と彼や家族を保護する代償として月々五百ドル支払えとの手紙が。 彼は、父親が死ぬ前に言った「けっして誰にも踏みつけにされてはならない」との言葉に従って生きてきた。 警察署に向かうがその対応はおざなりなものだった。 次に彼は迷ったときに相談に行く占い師のアデライダを訪ねる。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 ノーベル文学賞作家の受賞後第1作。 みかじめ料を拒否する中小企業の社長の話と、大きな保険会社を経営する八十代の老企業家が若いメイドを後妻に迎えることで起こる混乱の2つが平行して描かれる。 このどちらかというと平凡な設定の話が実に見事に物語られ、また毅然とした対応を貫く主人公らの姿には感動してしまう。 翻訳者がスペインの空港で原作を買い機中でむさぼり読んで出版社に連絡したというのも頷ける超面白本。


罪人よやすらかに眠れの表紙画像

[あらすじ]

 福山は友人の上本良介と札幌にある中島公園で酒を飲んでいた。 上本は就職して3年で現在の部署に転属したが、そこの上司はパワハラ常習者で上本は精神的にまいっているようだ。 今日も量を過ごしたか、完全に酔いつぶれてしまった。 福山はとりあえず彼の婚約者の曽田友理奈を呼び出す。 時間は午後10時、路上に座らせておくわけにもいかず困っていると、近くの家の男性が声をかけてきた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 ちょっとした保養所くらいはあるという大きな館を舞台とした短編本格推理6編。 それぞれ30ページ程度で、それなりに面白く、さくさく読めてしまう。 舞台となる館の、業を抱えている人間を吸い寄せてしまうという、ある種おどろおどろしさのようなものは今ひとつ出ていない。 また、各話とも館に住む北良という美麗な青年が謎を解くのだが、ちょっとあり得ない推理力で、謎解きの妙味は感じられない。 どの話も後味が良くないのも残念。


冬の光の表紙画像

[あらすじ]

 父の遺体が上がった。 父は徳島から東京行きのフェリーに乗船、翌朝の下船時に所在不明が分かったのだ。 行方不明になってから5日目、暮れも押し詰まった12月29日の朝、海上保安庁の巡視艇に発見された。 遺体確認をして警察から帰った母は、最後の最後まで人にやっかいかけてと、ただ怒りをあらわにしていた。 父はある女と関係し、25年も母を裏切り続けてきたあげくの死だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 60代になり、過去への悔恨、今後への不安などを抱えながら現状を肯定して進む主人公の有り様は理解できるし、変化のある物語は面白く読めた。 しかし妻以外の女性とずるずると関係を持ち続けた部分は成り行きの描写にとどまった感じがする。 そして相手の笹岡紘子については、女性の権利の確保には徹底的に食らいつく人として描かれながら、では主人公の妻なり家族にはどういう意識を持っていたのかが全く窺い知れなかった。


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