◎15年11月


惑星の岸辺の表紙画像

[あらすじ]

 宇宙飛行士の甘南備は木星衛星探査ミッションに参加し、ロケット打ち上げ後に低温睡眠装置に入っていたところ、大規模な太陽フレアが発生。 探査船は軌道を逸脱し、彼以外の乗員は睡眠装置の放射線防御システムの劣化により死亡、彼だけが58年9か月後に地球に帰還した。 目覚めた甘南備は30代のままだが、すでに妻を含め家族は亡くなっていた。 甘南備は社会復帰プログラムを受ける。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 たいへんにドラマチックな設定で始まる物語は、あくまでSFではなく、ミステリーロマンと言ったらいいのか。 甘南備飛行士の社会復帰プログラムが進むにつれて、もっと驚くようなことが待ち受けているのだが、筆致はあくまでも静謐で穏やかな、しかし冷たい雰囲気に満ちている。 設定は奇抜だが、甘南備と妻に加えて、もうひと組の男女が描かれ、本当は非常に切ない恋物語だった。 心の中に大事に取っておきたいような作品でした。


あなたを選んでくれるものの表紙画像

[あらすじ]

 作者は2本目の映画の脚本の執筆に行き詰まり、ただ漫然とネットを見て日々を過ごしていた。 そんな彼女は、毎週火曜日に郵便受けに届くフリーペーパーの「ペニーセイバー」を心待ちにするようになる。 そこにはいろいろな人によるいろいろな物の「売ります」広告がずらりと並んでいた。 彼女は、ジャケットを売りに出している人に、その人の考えていることを知りたいと思い電話をかける。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 フリーペーパーに「売ります」広告を出した人へのインタビューを集めたフォト・ドキュメンタリー。 インタビュー中、必ず「パソコンを持っているか」を作者が尋ねるのだが、ネット世界との対比が興味深い。 アナログの世界で交渉を求める人々との交流は面白くかつ窮屈でもあり、実にリアルで生々しく、ドラマチックだ。 一人目と最後の人のインパクトが特に強い。 どの写真も対象を濃密に捉えているが、そもそも現実世界は(特にアメリカは)濃いと感じた。


きのうの影踏みの表紙画像

[あらすじ]

 団地の建物の中央に集会所と呼ばれるプレハブ小屋があった。 そこにミサキとマヤという小学五年生の少女が待ち合わせをした。 どうしてなっちゃんが消えたのかを話し合うために。 その頃、団地の子供の間では、”消したい人”の名前を書いた紙と十円玉を十日間、団地の裏山にある神社の賽銭箱に入れれば願いが叶うと言われていた。 二人と仲良しのなっちゃんは突然消えたのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ほんの5頁程度から50頁弱のものまで13編の不思議、怪異、恐怖ものの短編集。 うち7編は女性向け怪談専門誌「Mei(冥)」掲載のもの。 ナマハゲを題材とした「ナマハゲと私」と夜泣きの赤ん坊をあやす「やみあかご」の恐怖度が高いが、他の作品は総じてホラー度はやや低い。 冒頭の”十円参り”や作家が不振な手紙を受け取る”手紙の主”、噂の出所を探し出そうとする「噂地図」など、比較的ページ数のあるものが面白かった。


消滅の表紙画像

[あらすじ]

 小津康久はマレーシアからの旅客機を降り、空港の入国審査の列に並んでいた。 飛行中、超大型台風が接近中だといって、日本近海ではけっこう揺れた。 その時、空港内に凄まじくけたたましいサイレンが鳴り始めた。 1分以上も鳴り響いてようやく止むと、入国審査官が一斉に窓口を閉め始める。 列に並ぶ皆が携帯端末を操作し始めたが誰も繋がらない。 大規模な通信障害が起きているらしい。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 空港の入国審査で引き留められ、別室に隔離された10人の群像サスペンス劇。 設定は近未来で、審査側にSFぽいあるものが出て来るのだが、これがちょっとおふざけもあって中途半端。 ほとんどが閉ざされた場所で展開し、多人数の視点で物語られるのだが、500頁を超えるボリュームはさすがに長い。 展開は行きつ戻りつ、登場人物の台詞と言うより作者の作った台詞がみえてしまい、結局ラストまで話に乗り切れませんでした。


霧(ウラル)の表紙画像

[あらすじ]

 根室の料亭「喜楽楼」の芸者・河之辺珠生は二十歳、ひとりでお座敷を任されるようになってまだ日は浅い。 もともと珠生は根室で大きな水産会社を経営している家の三人娘の次女だったが、中学を卒業して家を飛び出し芸者になった。 今夜の座敷の客は、水産会社社長の三浦と彼の秘書兼運転手の相羽重之。 三浦の送り迎えで何度か相羽を見かけ、珠生のほうから声を掛け誘っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 昭和三十年代後半の北海道最東端、国境の町・根室を舞台に、街の裏社会を牛耳る男の妻を主人公とした物語。 北国の漂うような女を乾いたタッチで描いてきた作者だが、この主人公はためらいも迷いも無い、毅然としてただ覚悟だけがあるという印象で、勝手が違った。 三姉妹、特に姉との駆け引きはそれなりの迫力はあるが、もっと俗っぽく描いてもいいと思う。 桜木版「ゴッドファーザー」を謳うには物語としての面白さが少し足りない。


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