[寸評]
人口が200人にも満たない高齢化率の高い寒村地区に集う四人組による、大人のおとぎ話的な短編12編からなる。
作者が作者だけに単なるユーモア小説ではなく、それぞれ俎上に載せられるテーマは、村興しであり、新たな特産品の模索や保育所問題、アイドル事情、マスコミ対応等々、社会問題であり風刺をたっぷり効かせてある。
どの短編もなんだか突飛な講談を無理に聞かされているような感覚で、面白さという観点ではかなり苦しかった。
[寸評]
シェアハウスという入居者にとって自由でいてとても狭い空間に、男女関係にはとりわけルーズな女が紛れ込んで起きた事件?を、死んだ当事者が俯瞰しながら明らかになっていく話。
主人公の性格そのまま、全編投げやりな感じだし、気持ちの良い物語ではないが、彼女の死因を巡ってミステリー仕立てになっており、何となく最後まで読み進めてしまう不思議な感じの作品ではある。
作品名も装丁もその雰囲気を良く伝えているとも言える。
[寸評]
戦後の好景気の時代から阪神・淡路大震災あたりまでの40年間に戦時中の疎開の回想も加え、ひとりの女性の人生の変遷が、義妹との関連を主に描かれる。
頼りない笹の舟で漂いながらも、なんとか沈むことなく大海を渡っていくような人生の有様が堂々と描かれている。
家族関係など主人公にはちょっと厳しい話で、疑心暗鬼な面が強調された感があるが、それもひとつの人生と納得はする。
この物語を風美子の視点から描いた作品が読みたい。
[寸評]
連作短編9編。
それぞれ人生相談と回答の間にちょっとしたエピソードを挟むやり方はユニークで冒頭の1、2編はとても面白く読んだ。
しかし編が進むにつれ、登場人物がかぶり出し、全体がまとめの方向に向かっているらしいと気づくと、あまりに登場人物が多く、関係性が錯綜してさっぱり読んでいてまとまらない。
人物連関図でも作れば理解できるのだろうか。
物語の作りや個々の短編自体は面白いが、全体としては混乱のまま終わった。
[あらすじ]
山間の寒村、旧バス道沿いの郵便局兼集会所には、今日も元村長と元助役、郵便局長、そして日に数台しか通らない車を相手に郵便局前の路傍で野菜の直売をしているキクエ小母さんの四人が相変わらず集っていた。
今日も元村長は、20年前に自らが書いた村のPR用の小冊子をめくっていた。
その頃村は天然温泉が湧き、さらに「気球の里」というネーミングで広く売り出しを図っていた。
[採点] ☆☆☆
[あらすじ]
樅木照は死んだことにこの前気づいた。
時間の感覚は曖昧だが、体は生きているときよりだんぜん自由で、飛んだり、溶けたり、粉々になったり。
そうしたことを試した後、照が住んでいたBハウスの不動産屋の曳田揚一郎のところへ行くことにした。
揚一郎は照が死んで空いた部屋の入居者募集の問い合わせを受けていた。
彼は相手の青年に、部屋の以前の入居者が自殺したことを告げた。
[採点] ☆☆☆
[あらすじ]
左織の夫だった春日温彦は4年前、左織が60歳の年に死んだ。
温彦がいなくなり捨て鉢な気分になった左織に代わり、銀行の解約や年金・保険の手続きだのは風美子がやってくれた。
風美子は温彦の弟、潤司の妻だが、潤司はもっと以前に亡くなっている。
左織が風美子に会ったのは22歳のとき。
銀座のデパートで突然呼び止められ、戦時中、修善寺の疎開先で一緒だったと言われる。
[採点] ☆☆☆☆
[あらすじ]
「もう、殺すしかない」
僕が布団に入り1時間くらい経った11時過ぎ、母と姉は毎晩必ずそんな相談を始める。
僕が住む平屋には僕たち家族の他にもう一家族住み着いている。
親戚ではなく、母に言わせれば”居候”なのに、自分たちの家のように振る舞っている。
特に僕は居候家族の下の子供の”ケン”が、年下なのに生意気で大嫌いだ。
明後日、僕の誕生日会を開くのに問題はあの居候だった。
[採点] ☆☆☆
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