◎14年5月


満願の表紙画像

[あらすじ]

 弁護士事務所を開設して10年の藤井のもとに、出所した鵜川妙子から挨拶に伺うとの電話が。 藤井は20歳の時下宿が火事に遭い困っていたところ、下宿人を募り始めたばかりの夫婦二人暮らしの鵜川家に住まわせてもらうことになった。 司法試験の勉強に励んでいた藤井に妙子は夜食を作ってくれたり、親からの仕送りが遅れたときは立て替えてくれたりした。 その妙子が金融業者を殺害した。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 40〜80ページほどの犯罪心理サスペンスの短編6編。 いずれも、表からはうかがえない人間の心の奥底にある恐ろしさが描かれている。 面白さという点ではどの話も平均的だと思うが、真相に至るまでの展開、語りが滑らかで、楽しませてくれる。 冒頭の「夜警」や表題作「満願」、ちょっと毛色の変わった「万灯」など、緻密に構成された、しっかりと練り上げられた物語が多く、どんでん返しもそれなりに決まっている。 水準を超えた作品群だ。


ジュリアン・ウェルズの葬られた秘密の表紙画像

[あらすじ]

 アメリカの文芸評論家フィリップの親友で作家のジュリアン・ウェルズは、家のそばの池にボートを出し、腕を切って自殺した。 岸に向かって漂ってきたボートを妹のロレッタが見つけた。 この6年間、ジュリアンはロシアの連続殺人鬼チカチーロの足跡をひたすら追い続けており、このところ精神状態が著しく不安定だったという。 彼の死の理由を求めてフィリップはパリやブタペストなど各地を辿っていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 典型的なクックの作品であるが、大変安定した語りで、容易に読者をミステリの世界に引き込んでくれる。 今回はジュリアンの死の真相を追って、親友が世界各地を旅して回る様子が描かれており(無論、観光ムードなどかけらもないが)、それぞれの土地の特色が描写され、興趣を盛り上げてくれる。 冷酷な事象が静かに客観的に語られ、終始重苦しい雰囲気に満ちているが、それがクックの世界だ。 意外性は薄いが不満のないレベル。


代理処罰の表紙画像

[あらすじ]

 食品輸入会社勤務の岡田は30半ばまでブラジルに赴任していた。 現地で日系人のエレナと結婚。 長女をもうけて帰国し、日系ブラジル人が多く暮らす群馬県邑楽郡に住み、近くの支店勤務となった。 長男も生まれたが、妻の突然の出奔ですべては変わった。 交通死亡事故を起こした翌日、妻はブラジルへ帰国し行方不明となっているのだ。 岡田の母の実家に住む長女の悠子が誘拐される。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 日本ミステリー文学大賞新人賞受賞。 身代金運搬を母親にという犯人の要求だが、”母親に”という部分がさほど強い指示事項とも思えないうちから、娘が誘拐されている切迫した状況の中で、遙かブラジルまで妻を探しに行くっていう進み方はどうなんですかね。 もう少し自然な流れとして納得できるように、説得力のある文章で進めて欲しいところ。 そんな流れの結果としてサスペンスが感じられず、ブラジルでの騒動もお粗末な展開でした。


三銃士の息子の表紙画像

[あらすじ]

 1680年のパリ。 ブランシュは、ロンバール通りにある食料品店「金の杵亭」の主人だが、かつては有名な三銃士のひとりで1673年に亡くなったダルタニャンの従者だった。 実は三銃士には三銃士”全員”の息子が一人、南フランスにおり、成人したら金の杵亭を訪れ「三人の父からの遺言状」がブランシュから読み上げられることになっていた。 しかしブランシュが待ちわびて一年が経ってしまった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公は、かの文豪デュマが生んだ三銃士のうちの一人の息子ではなく、全員の息子という奇妙な設定はともかく、内容自体は古典的でオーソドックスな中世冒険小説としてとても面白い物語だ。 もともと本文は駄洒落が多く、それらは原文訳でなく日本語の駄洒落に適宜置き換えられているのは致し方ないところか。 随所に作者自身が描いたという挿絵が挿入されているのだが、これがまた実にユーモアのある味わい深いもので感心しました。


海うその表紙画像

[あらすじ]

 昭和の初め頃、南九州の離島・遅島。 大学の文学部地理学科に所属する研究者の秋野は、夏期休暇を利用して調査に訪れていた。 今年初めに亡くなった主任教授の未完の調査報告書を見つけ、島そのものに心を惹かれたのだ。 この島は、古代、修験道のために開かれ、大寺院が存在し、最盛期には僧坊が二十近くを数えたが、明治初めの廃仏毀釈により徹底的に破壊されたという。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 主人公が居候している家の老夫婦が、月夜に対岸の温泉に行くため湖にたらい船を出すという幻想的な光景で物語は始まる。 自然に抱かれて生きている人間が、様々な理由・思惑・考え方から自然を壊し、その人工物をまた他の人間が破壊していく。 営々と続く自然の営みと、移ろいゆく儚い人間の存在感の対比が200ページにも満たない短い物語からしっかりと感じ取られる。 静かな空気に満ちた、心を優しく揺さぶるような作品でした。


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