AUGUST

◎14年8月


ハイスピード!の表紙画像

[あらすじ]

 タイラーは息苦しさを覚えるほど蒸し暑い中を目覚めるが、その部屋にまるで見覚えがない。 そして血がいたるところに。 枕とシーツが血に染まっている。 その下には若い女の全裸の首無し死体。 首がなくてもタイラーにはそれが誰か分かった。 リア・トーマス、愛していた女。 しかし彼には昨夜のことがまったく思い出せない。 部屋にはテレビとDVDプレーヤーがあり、そこに再生しろとのメッセージが。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 衝撃的なスタート場面から、題名のとおり、かなりのスピードを持って物語は進んでいく。 派手なアクション場面も多く、ともかく読者を飽きさせない作品であることは間違いない。 いろいろ腑に落ちない点やけちを付けたいところもあるのだが、そういうことを細かく指摘するような作品でもないし。 相手側は死体の山でも、主人公は手傷は負っても致命傷にはならないのは、こういう作品では当たり前。 とにかく楽しませてはもらったが、後には何も残らない。


老いの入舞いの表紙画像

[あらすじ]

 間宮仁八郎は、北町奉行所で、見習いから本勤並の定町廻り同心に昇格した。 上司に言われて、常楽庵に挨拶に赴く。 庵主の志乃は長く大奥に務め、隠居して町に住むことを許されている。 庵主みずからお茶を点てられ、どうやら仁八郎は気に入られたらしい。 翌々日、御用聞きの文六が、若い娘が行方不明になったと駆け込んでくる。 その娘、一昨日泊まりがけで家を出た先が常楽庵だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 ちょっとミステリーがかった人情世話物の中短編4編。 表題作には派手な剣劇場面まで用意され、サービス精神も旺盛だ。 庵主の落ち着きとは対照的に、常楽庵を訪れた仁八郎がいつも怒って帰っていくさまは微笑ましいほど。 また、将軍家の死刑執行人としても名高い山田浅右衛門も登場するが、なかなかの凄味をもって描かれている。 いずれも「オール讀物」誌掲載作で、第1作の冒頭で匂わせた謎?がその後触れられず、物語の継続を期待。


星々たちの表紙画像

[あらすじ]

 三十一歳の咲子は、十九でススキノの夜の世界に入り、今は釧路まで流れてきてアパートに一人暮らし、スナック『るる』に勤めている。 仕事のない日曜日の夕方には道央の実家に電話をかける。 実母に預けた中学一年の娘、千春と話すのだ。 今夜もスナックにはヤマさんが来た。 色白で整った目鼻立ち、四十過ぎのヤマさんに咲子は惚れているが、ママからはあの男はやめておけと言われている。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 作者のメイングラウンド、北国を舞台に、咲子、千春、やや子という三代の女性の漂うような生き様を描く9編の連作短編集。 三代が描かれることによって、とてもまとまりのいい一冊の本になったと思う。 男と女、親と子といった人との関係性に執着しないような彼女らも、千春のように文字で自分を表現することを求める姿が実に面白い。 夜空に無数にある星、明るい星もあれば暗い星もある。 とにかく人は生きていく。 作者の描き方に酔わされた。


雨宿りの表紙画像

[あらすじ]

 おこうは、中川沿いの亀井戸村にある料理茶屋「魚花」の女主人。 茶屋といっても舟を幾艘も抱え、釣宿としても繁盛している。 客を釣り場へ送り出し店に戻ると、黒板塀に寄りかかるように男が蹲っていた。 客の迷惑になると声をかけたおこうは、顔を上げた男を見て青ざめた。 男も呆然としている。 一番会いたくない男、心底憎んでいる男、伊之助だった。 とにかくすぐに追い払わねばならない。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 5,60ページ程度、主に男女絡みの人情時代小説5編からなる短編集で、輪のように上手く繋がっている構成がなかなか面白い。 本作が作者のデビュー作だそうだが、大変手慣れた話の運びで、それなりに楽しめるものの、ちょっとまとまり過ぎの感も。 いずれもどこかで読んだような筋立てで、けっこう変化に富んだ話なのになにか波乱がない印象。 新人とは思えない筆力を感じさせる作者なので、次の作品には少々突き抜けた展開を期待したい。


沈黙を破る者の表紙画像

[あらすじ]

 1997円11月、医師のロベルト・ルビシュは建設会社を営んでいた父フリートヘルムの葬儀を行っていた。 売却することにした父の広大な邸宅の書斎で、ルビシュはペータースという署名のあるナチス親衛隊委員の身分証明書と、若い女のポートレイト写真を見つける。 ルビシュは写真を撮影した写真館を訪ね、女性ジャーナリストを知る。 そこから思いもかけぬ事件の拡がり、父の過去に迫っていく。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 1985年創設のドイツ・ミステリ大賞の2012年受賞作。 ドイツでは今なおナチス統治時代の正当な検証を行う作品が多く出されているが、本作もその流れではあるものの、主に銃後の人々を主人公としたよりドラマチックな作品となっている。 仲良しだったふるさとの少年少女たちが戦争の時代の波に押し流され、否応もなく変化していく様子が、比較的短い物語の中にしっかりと表現されている見事な作品。 戦時中と現代を行き来する展開も良い。


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