◎13年3月


終わりの感覚の表紙画像

[あらすじ]

 高校はロンドンの中心部にあった。 もとはコリンとアレックスと私の三人組だったが、そこに彼が加わった。 転入生のエイドリアン・フィン。 背の高い内気な少年だった。 ある朝の集会で、校長が、理科第6学年のロブソンが亡くなったと伝えた。 彼はガールフレンドを妊娠させ、屋根裏で首を吊ったらしい。 ロブソンはまったく目立たない生徒だったが、ガールフレンドもいない私たちは彼に厳しかった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 イギリスの文学賞であるブッカー賞受賞作。 物語は主人公の青春時代とリタイヤ後60代半ばの2章に分かれている。 特に後半は作中にあるとおり”ぼけ老人のばかげた白日夢”めいた主人公の語りが続いていくが、前半の終盤で明らかになる友人の自殺と主人公に残された日記の謎がある種のサスペンスを生み出し、読者を引っ張っていく。 終盤はダブルの衝撃が用意されるが、人生について穏やかでかつ厳しい、丹念な語りのリズムは崩れない。


ハピネスの表紙画像

[あらすじ]

 有紗は東京湾岸に建つタワーマンションの29階に3歳の娘の花奈と二人で暮らしている。 夫はアメリカに赴任してもう2年以上まったく帰ってこない。 このマンションは有紗のいるベイイースト・タワーとさらに眺望が素晴らしいベイウエスト・タワーの2棟からなる。 ここで有紗は小さな女の子とママの遊びグループに入っていた。 元JALのキャビンアテンダントだといういぶママがママ友のリーダーだ。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 40歳前後の主婦向け雑誌「VERY」に連載されていた小説で、この話、次はどうなっていくのかと、読者を惹き付け続けるテクニックはなかなかのものだが、この作者の作品としては物足りない。 毒味が薄すぎて、370ページあってもさしたる波乱もなく、この結末で本当にいいのか。 単行本化で加筆されたというエピローグなど、普通すぎる展開で衝撃も何もない。 もっともっと登場人物たちを執拗に追い詰めてくれなくては、桐野夏生じゃないだろう。


ホテルローヤルの表紙画像

[あらすじ]

 加賀屋美幸は短大卒業後13年、スーパーの事務を執っている。 一方、彼女とつきあっている木内貴史は、中学の同級生でアイスホッケー選手だったが、靱帯を痛め引退、市の臨時職員を経て3年前にこのスーパーに採用された。 美幸はカメラが趣味の貴史から、ヌードのモデルになってくれと言われ、4月の冷たい風の中、撮影に連れて行かれたのは廃業したラブホテル「ホテルローヤル」。 

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 ホテルローヤルが廃業して廃墟と化した状態での話から、30年あまり前、ホテルが建てられる話まで、時間を遡っての短編7編。 開業で成功を夢見る男、ホテルの1室で自分たちを取り戻す夫婦、廃業して外の世界へ踏み出す女等々。 ラブホテルという舞台からセックスを描く部分も多いが、あくまで男と女の性(さが)としての、また生活のひとつの要素としての描き方で、荒涼とした北国での乾いた心象風景がいかにも桜木紫乃の作品らしい。


赦す人の表紙画像

[あらすじ]

 平成8年3月28日、狭く陰気な庭を眺め、64歳の団鬼六はため息をついていた。 この日、彼の一家は杉並区浜田山の平凡な木造2階建ての借家に越してきたのだ。 横浜桜木町にある鬼六御殿と呼ばれた300坪の豪邸は、一時は7億円の価値があると言われた。 しかし断筆し、金を注ぎ込んだ将棋雑誌も振るわず、とうとう御殿を売却、それもバブルの崩壊で売却価格はわずか2億だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 団鬼六の生涯を描くノンフィクション。 団鬼六と言えばSM、緊縛で、とても怖いイメージがあったが、人に優しく、とことん自由に生きた破天荒な彼の魅力がしっかりと伝わってくる。 雑誌連載もののためか、記述が重複した部分も目に付くが、昭和一桁世代の意地と勇気が、400ページにわたって、鮮やかに活写されている。 また、鬼六との交流に加え、小学生で小説家になろうと決意した作者の今までの紆余曲折にもまた引き込まれてしまった。


螢草の表紙画像

[あらすじ]

 五万二千石の鏑木藩にある百五十石取りの風早家では、両親を病で相次いで亡くした市之進が二十五歳で当主、妻の佐知との間に嫡男正助と娘のとよがいる。 家僕の甚兵衛は通いで、住み込みは女中の菜々ひとりだった。 菜々は正助ととよの遊び相手をし、家事を懸命にこなし、佐知からは裁縫を教わり手習いを見てもらっていた。 風早家では家族揃って、菜々も一緒に食事の膳を囲んだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 爽やかな風が吹いていくような時代小説のお手本的、入門書的な作品。 文章も平易でサクサク読み進められる。 健気で一途なヒロインは少々頑張りすぎではあるが、素直に心を打たれるものがある。 ちょっと癖のある面々を上手に配した市井の脇役たちが、菜々の心情や行動に打たれ、徐々に助ける側に回っていくあたり、教科書的だがわざとらしさはない。 悪役の非道さもやや薄味で突き抜けたところがない作品だが、安心して楽しめる。


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