◎12年9月


鳥のうた、魚のうたの表紙画像

[あらすじ]

 廃屋の一室の中で、人の頭を付けた鶏が、翼をばたつかせながら、太田裕美の「木綿のハンカチーフ」をたどたどしく歌っている。 小学6年の孝志には自分が生まれる前に亡くなった姉がいた。 夏休みの前日、ラーメン屋から鶏の足を盗み、近所の空き家にある祠に供え姉に会わせてくれるよう祈ると、その鶏が出てきて孝志の名前を呼んだのだ。 孝志は一日おきに姉に会いに行った。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 「幽」怪談文学賞短編部門大賞受賞の表題作に5編を加えた短編集。 カバー絵からして凄いが、人の頭を付けた鶏やら魚が出てくる表題作は、さすが受賞作の派手さがある。 一方、他の5作は怪談というよりも幻想ものという感じで、怖さはさほどでもないが、いずれも設定、物語がよく練られており、どれも水準以上の面白さ。 中でも人を食らう人魚が出てくる物語「豊漁神」は、20ページほどと短いが伝承の民話のような趣を持つ好編。


南下せよと彼女は言うの表紙画像

[あらすじ]

 社会人二年目の晴彦は、高校時代の友人の智也、祐馬と3人で、成田から12時間、オランダへ旅行に来た。 智也の両親が、父親の転勤によりアムステルダムに住んでいるのだ。 晴彦はオランダに出発する一週間前に会社の同期の岡林澪から交際の返事をもらっていた。 澪もまた高校の同級生だった。 澪には、旅行中、つきあっていることは言わないように約束させられていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 オランダ、ドイツ、ハワイなどを舞台とした紀行小説ということだが、全7編どれも物語というほどのものはなく、紀行文にちょっとした筋立てが付いている程度。 読んでいて、BS放送でよくやっている「世界ふれあい街歩き」を思い出した。 ちょうどテレビ画面が文字になったような感じ。 旅に行きたくなる本だが、作者が旅慣れているからか、言葉が不自由な中、登場人物の行動がやたらに旅慣れている点はやはり小説ですな。


極北の表紙画像

[あらすじ]

 メイクピースは毎日銃を持って街の巡回に出かける。 1年の多くを雪に閉ざされる旧ソヴィエト、アラスカ寄りの地域。 たくさんの人が住み学校も図書館もある大きな街だったが、今は静まり返り空っぽだ。 こんな状態になる前、市民たちの間で徹底した殺し合いが行われた。 メイクピースは生まれ育った家に一人住んでいる。 ある朝、空き家から本を持ち出している少年を撃ってしまう。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 過酷な自然条件の中、人間同士の無意味な殺し合いを生き延びた主人公が、さらに厳しい旅路を歩まされる姿を描く近未来の非情な物語で、マッカーシーの
「ザ・ロード」を思い起こさせるが、さらに物語性は高い。 まさに波瀾万丈のストーリーで、主人公の運命を左右した出来事についてはどんでん返しも用意され、面白さも十分。 3.11前に書かれた作品だが、否応なしにあの事実が頭に浮かびながら読んで、なおリアル作品。


わたしがいなかった街での表紙画像

[あらすじ]

 平尾砂羽、36歳。 離婚後もそのまま錦糸町のマンションに1年住み続けていたが、ようやく以前住んでいた世田谷にある新築マンションの1LDKに引っ越した。 南アルプスの山小屋でバイトしていた中井が山を下りて訪ねてきた。 中井とは11年前、大阪で開催された写真教室で知り合い、交流が続いていた。 中井によると、やはり写真教室で一緒だったクズイが行方不明だと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 表題作+1短編。 世界のいたるところ、自分のいないところでも当たり前のように誰かの生活があり、自分のいなかった時代にも誰かが生きて、様々な出来事があった。 戦場ドキュメントを見ながら、そんなことを折に触れ頭に思い浮かべる砂羽。 特にストーリーといったものはなく、日々漂っているような主人公そのまま、彼女の生活や出来事が点描されていく。 上っ面をなぞるだけでない、確かな描写力と筆力を感じさせる作品。


鍵のない夢を見るの表紙画像

[あらすじ]

 水上律子がミチルのクラスに転校してきたのは小学校3年生の夏休み明けだった。 明るく手先が器用で、勉強はできなかったが運動神経は良かった。 律子と一番仲が良かったのは優美子だ。 優美子は誰にも優しい人気のある子だった。 私たちは3人一緒によく遊んでいた。 律子の母親は泥棒なんだ、という噂が立ち始めた。 近所のことなので警察沙汰にはされていないらしい。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 いい意味で裏切られました。 今年春のフジテレビの月9「鍵のかかった部屋」と結びつけて勝手に本格推理ものだとばかり思い込んでいたら、より人間ドラマに振ったミステリでした。 短編5編、いずれも自分で自分を追い込んでいくような人が丁寧に描かれた心理ドラマ。 ミステリとしても、またドラマとしてもやや物足りない物語もあるが、5編まとめて1冊としてみれば読みやすく水準以上の本と言えるでしょう。 直木賞受賞作。


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