◎10年10月


いろあわせの表紙画像

[あらすじ]

 安次郎は神田明神下の長屋住み、版画の摺師を生業とし、親方の長五郎の仕事場に通っている。 彼は12歳の時、親兄弟を火事で失い、結婚したが女房のお初は産後の肥立ちが悪く4年前に亡くなり、一人息子の信太はお初の実家に預けていた。 同じ摺師の後輩で安次郎の弟分を自認する直助は仕事の合間をぬっては岡っ引きの手下のようなことをやり、このところ遅刻が多い。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 書き下ろしの時代もの連作短編5編。 絵師や彫師に比べ裏方で、浮世絵から風景画、店の広告まで版木に色を載せて摺り上げる摺師が主人公というところが珍しいが、中身はいたってオーソドックスな人情時代劇。 長屋の人々との交流や、「あにぃ、てぇへんだ」と飛び込んでくる弟分などお約束通り。 全体に現代的な雰囲気で、時代ものとしての艶っぽさや人情の機微、深みなどには欠けるが、安心して楽しめる佳作。


愛おしい骨の表紙画像

[あらすじ]

 広大な森に隣接した小さな町コヴェントリーに、オーレン・ホッブズは20年ぶりに帰ってきた。 元判事の父と、自分と弟を育ててくれた家政婦のハンナの待つ家に。 弟のジョシュアは、20年前、15歳の時にオーレンと森へ行き行方不明になった。 その弟の骨が、今になって玄関先にひとつずつ置かれる出来事が。 陸軍の犯罪捜査部にいたオーレンは再び疑惑の渦中に巻き込まれる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 かなり風変わりな人物が多数登場して、物語・人間群像劇としては相当に読ませる力のある作品。 一方、ミステリとしては、導入部はわくわくさせるが、後は単に読者を翻弄するだけのものと思える。 終盤ようやく明らかにされる犯人・真相も、意外性とか驚きはなく、へぇそうなんだ、それで今までの480ページはどう関係してたの、と思ってしまう。 物語の力強さは認めるが、比喩の多い文章も作り物めいて私の好みではない。


アルバトロスは羽ばたかないの表紙画像

[あらすじ]

 2週間前、七海西高校の文化祭の最中、西校舎屋上から彼女は転落した。 あの日、私は最初から胸騒ぎがして、ずっと鷺宮瞭の姿を探していた。 彼女は七海学園の入所児だ。 七海学園は親に捨てられたり虐待されたり、家族関係で問題のある子供の入所施設で、高2の瞭は離婚母子世帯で、母親を殴って骨折させ、この4月に入所した。 転落の前、屋上にはほかに誰かいたらしい。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 終盤、メガトン級の爆弾が仕掛けられていて、これには本当に驚かされましたが、それを知って前の方を読み返してみると、実に巧妙な書き方をしているのに感心しました。 ただこのどんでん返しが、物語の本質とどう関わるのか、なんとなくすっきりとは受け入れがたい感じです。 厳しい環境下にある入所児の、心を動かされるエピソードなどもいくつか綴られ好感が持てるのだが、全体としてはやや冗長な印象。


特異家出人の表紙画像

[あらすじ]

 堂園は警視庁捜査一課特殊犯捜査係の刑事。 前の事件が解決し、しばしの休みも係長からの電話が破る。 一人暮らしの資産家老人が行方不明で、通報者は老人に懐いていた近所の小学生の少女。 堂園は所轄署刑事課主任と共に少女に会う。 6日前の夜に少女が電話した時、老人の他に誰かいる様子で、翌日行くと老人の姿は消えていたと言う。 堂園の勘は事件と告げていた。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 特異家出人とは、家出の意思が認められず、事件や事故に遭遇している惧れのある者を言うそうだが、本書の場合は早々に誘拐事件の方向へ一直線で、もう少し気を持たせても良かったのでは。 最後まで飽かず読ませる物語で、警察の突入場面も2回も用意されているのだが、緊迫感はあまりない。 行方不明の老人と堂園の祖父が知り合いで、2人の過去の話も織り込まれるのだが、この設定は必要だったのか。


マルドゥック・スクランブルの表紙画像

[あらすじ]

 少女はエア・カーと呼ばれる超高級リムジンに乗っていた。 移動している高架道路は”天国への階段”(マルドゥック)と呼ばれる螺旋状の道路。 同乗しているのはシェルという名の男。 少女ルーン・パロットは未成年娼婦だったが半年前シェルと暮らし始めた。 今日までは。 公園で車から降りたシェルは外からドアをロックし、やがてエア・カーはパロットを乗せ火柱となって燃え上がった。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 以前から食指が動いていたが文庫3冊組から単行本1冊に改訂されたのをきっかけに購入。 巻頭からしばらくはアキバおたくっぽいSFだったのかと危惧していたが、160ページ過ぎから50ページほど続く壮絶な戦闘シーンのど迫力に仰天! そして300ページ過ぎから延々200ページ以上に及ぶカジノでの静かな死闘場面は、まったくその長さを感じさせず、緊張感が持続する。 ネズミ型ロボットにも愛着がわく稀な快作。


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