◎09年1月


巣立ちの表紙画像

[あらすじ]

 矢島家は将軍の鷹狩りのための役職であるお鳥見役だが、幕府の密偵という裏の役目も持っている。 矢島家には近々、前の老中水野忠邦の鷹匠だった和知家で鷹姫さまと呼ばれていた恵以が嫁入りしてくる。 一方、次男の久之助は大御番組与力の永坂家に婿入りすることになっていた。 残暑も弱まった日、久之助は義父となる永坂甚兵衛を訪ねるが、大いに緊張していた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 「お鳥見女房」シリーズも5冊目。 それぞれ30ページほど、「小説新潮」誌連載の短編7編。 相変わらず安心して読めるシリーズで、時代小説としての情味はたっぷり。 しかしさすがにこの物語も手詰まりの感がしてきた。 それぞれのエピソードはそれなりに読ませるものの、矢島家自体が子供たちもみな結婚したため、家として成熟した感じで、大きな変化は望めない。 嫁入りしてきた鷹姫には、もうひと波乱欲しいところ。


幻影の書の表紙画像

[あらすじ]

 大学の文学科教師だったジンマーは、結婚10周年の直前に妻と息子2人を飛行機事故で失った。 休職し、笑いを忘れた数か月後、1928年に映画界から謎の失踪を遂げたヘクター・マンによる無声映画の喜劇をテレビで観て笑った。 それからジンマーは彼の作品12本をすべて観てから彼の映画を巡る研究書を書く。 そのジンマーのもとにヘクターは生きているとの情報が。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 サイレント映画界から忽然と消えた男ヘクター・マンのその後の人生が圧倒的に面白い。 とにかく”逃げる”人生は人間としてどうかというところはあるが、人前でファックする商売まで堕ちる数奇な物語は先の読めない面白さ。 そこに語り手の妻子を失ったジンマーの人生が絡み、読み応えのある作品になっている。 やや硬い語り口は、読み続けるのに多少の忍耐を強いるところもあるが、急展開のラストまで目が離せない。


オリンピックの身代金の表紙画像

[あらすじ]

 昭和39年8月下旬、アジアで初のオリンピックも近い東京。 須賀忠は東大を卒業して開局間もないテレビ局に就職した。 父は警察庁のオリンピック警備の責任者。 神宮外苑の花火大会へガールフレンドと向かう途中、東大で同学年だった島崎に会う。 彼はマルクス研究の院生として大学に残っている。 花火見物をしていると甲高い破裂音がして我が家が燃えているのを見る。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 近年はライト・コメディーなども多い作者だが、以前は犯罪ものもあり、その分野では上位にランクされる作品。 オリンピックの開会式に向けて、犯人と警察の攻防が収斂していく展開はサスペンスに満ちている。 当時の日本中が高揚した雰囲気もよく出ており、秋田の貧村出身の犯人が徐々に犯罪に駆り立てられていく様子も読ませる。 同じ事件を違う人物の視点から2度描かれるのが少々テンポを損なっていると感じた。


暗黒街の女の表紙画像

[あらすじ]

 クラブの経理係をしていた22歳の私にグロリアが声をかけてきた。 グロリアはギャングの一員で、伝説の人物。 皆から一目置かれる存在だ。 クラブのオーナーの2人は、二重台帳で売り上げをごまかしていたのがギャングのボスにばれ、一人はひどい火傷で病院へ、一人は急いで街から逃げ出した。 私は彼女に見込まれ、仕事のやり方から、装い、態度まで厳しく躾けられる。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 複数のミステリー関係のペイパーバック部門で受賞した作品。 確かに、これぞノワールという雰囲気を持つ犯罪小説で、若い女が裏社会で成り上がっていこうとする姿、不安におののく姿が、主人公の独白でテンポ良く描かれていく。 全編主人公からの視点だが、彼女のボスのグロリアの存在感が際立ち、グロリアの視点と交互に描くという手法も面白かったのでは。 酔わせる雰囲気の佳作だが、短すぎるのが惜しい。


北緯14度の表紙画像

[あらすじ]

 作家、絲山秋子は、打楽器の第一人者、ドゥドゥ・ンジャエ・ローズに小学生以来30年にわたって憧れ、ついにセネガル行きを決意。 書き下ろし紀行文のため2007年6月〜8月の2か月間滞在することに。 ミラノ経由、20時間ばかりの旅でついに西アフリカはセネガルの首都ダカールへ到着。 ダカールは200万都市。 行商人で溢れ、車も多くいつも渋滞。 人々はすごくお洒落だ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 絲山秋子のセネガル旅紀行。 セネガルは外務省から危険情報が出ている国だが、彼女は2か月の間、痩せた若いボディガードを引き連れ、ひたすらセネガルの人々と交流し、国内をあちこち旅する。 現地の日本人コーディネーターに、一人歩きは非常に危険と言われた翌日にホテルの回りを一人で散歩。 憧れのドゥドゥ・ンジャエ・ローズの家に招かれたり、現地の人々との本音の交流が実に自然に描かれている。


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