◎02年8月



[あらすじ]

 文化六年元旦、十一代目中村勘三郎が太夫元を勤める江戸随一の劇場中村座が火災に遭う。 焼け跡に残った衣装行李の中から見知らぬ男の死体が。 北町奉行所の笹岡と同心見習の薗部理市郎が探索に乗り出すが、なかなか捜査は進まない。 再建なった中村座では、稀代の人気を誇る女形の荻野沢之丞の後継者問題が話題になっていた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 江戸時代の芝居小屋を舞台にしたミステリー。 歌舞伎の世界、役者衆、小屋の経営、女形兄弟の跡目争い等々興味深く、事件の相次ぐ中盤までは一気読みの面白さ。 連続した事件が一段落し、謎解きにかかる後半はテンポが落ちて、真犯人にも意外性は感じられない。 奉行所の二人の扱いも中途半端な印象。 しかし、名跡を争う兄弟、特に弟の宇源治の妖艶な描写と父沢之丞との確執は官能的な魅力に満ち、目を瞠らされた。



[あらすじ]

 宮本拓実と麗子の息子時生は、グレゴリウス症候群という病で中学卒業の頃から徐々に体が動かなくなり、いよいよ意識もなくなってきた。 病院で拓実は麗子に、20年以上前自分は時生に会っていると話し出す。 1979年、東京。 拓実は職を転々とし、今日もキャッチセールスの仕事がばからしくなり、先輩を殴って辞めたところだ。 そんな時、一人の青年に出会う。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 時空を超えた感動的ミステリーになるはずが、意外性にも盛り上がりにも欠けた物語になってしまった。 息子が生まれる前の時代に、将来父親となる自分が息子に会っていたなどという奇想天外な設定を作者がどう料理してくれるか、期待しながら読み進めたのだが、不完全燃焼に終わった感じ。 一番の問題は登場人物に魅力がないこと。 終始短絡的で粗暴な拓実の描き方は疑問。 並走する事件がまた平凡な設定なのもいただけない。



[あらすじ]

 出版社勤務の大森和夫は体の不調を訴え総合病院の内科に通っていたが症状は改善せず、神経科に回される。 地下の神経科では中年の太った伊良部医師がやたらに愛想良く迎えてくれた。 医師はろくに診察もせず、無駄話をして注射を打って、毎日通うように言う。 それでも運動を勧められ近くのプールに行った彼は、今度は中毒のようにプールに通い詰める。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 現代特有の心因的な病に冒された者たちが、子供がそのまま大きくなったような神経科の医師のもとに迷い込み、不思議に癒されていく様を描いた5編の連作集。 この医師のキャラがとにかく凄い、凄すぎる。 そして神経科のたった一人の看護婦マユミも相当な個性派だが、患者同様伊良部医師を半ば軽蔑、半ば呆れながら、それでも神経科から離れられない様子。 どの話も爆笑ものだが、最後には患者同様気持ちを和ませてくれる。



[あらすじ]

 広告代理店勤務の日下は、骨董市でビンテージもののフライフィッシング用リールを見つけ、価値の分からない売り手から1万円で購入する。 その時、おまけで貰ったスチール缶には古い16ミリフィルムが入っていた。 一方、売り手の女性、月森花は祖父に実家の蔵から持ち出した品が売れたことを告げるが、祖父は缶がなくなったことを知り、発作を起こし倒れる。

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 第48回江戸川乱歩賞受賞作。 非常にオーソドックス、かつコンパクトにまとまったミステリー。 大きな破綻はないが、これといった特徴もない。 この長さで物語や人物に厚みを求めるのも厳しかろうが、マスコミ業界人からオカマ、冷酷な殺人者まで様々な人物を登場させながら、どの人物も上辺だけの描き方で魅力が感じられない。 中盤はテンポ良く進むが、特に序盤がとっつきにくいのが惜しい。 中途半端なメッセージ性も余分な印象。



[あらすじ]

 永田一雄は38才、彼の家族は崩壊した。 リストラに引っかかり、一人息子の広樹は中学受験に失敗し、家に引きこもり家庭内暴力。 妻の美代子は家を空けることが多くなり、離婚を切り出してきた。 田舎の父はガンで入院している。 深夜コンビニの前で座り込んでいると目の前にワゴン車が止まり、橋本さんと健太君がいた。 2人は5年前交通事故で死んだと言う。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 SF的な味付けをした家族小説。 気付かぬうちに家族が崩壊に瀕していた時代に戻った父親は、果たして過去を、未来を変えられるのかという、先の読めない展開の時間SFの興味もあるが、実体は純然たる家族の再生の物語。 3組の父と子、そして1組の夫と妻の、冷え切った現実を破る熱い本音のぶつかり合いがあくまでも優しく語られていく。 きれいごとと思わせる流れもあるが、読む者にささやかな勇気と希望を感じさせる作品。


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