◎00年2月



[あらすじ]

 明治時代中期、土佐の火振村一番の名家である道祖土(さいど)家の長男のもとに山向こうの村から花嫁がやってきた。 蕗という名の嫁は猿そっくりの顔立ちで、"猿嫁"と陰口をたたかれる。 やがて出戻りの義姉が産んだ父親の分からぬ子を育てるうち、蕗は徐々に道祖土家に根を下ろしていく。 当時は自由民権運動が活発な時期で、蕗の夫や義姉は運動にのめり込んでいた。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 "猿嫁"と呼ばれた蕗の道祖土家への嫁入りから、その死を経て三十三回忌の法要までを描く長編大河ロマン。 日本が近代国家へと変貌していく過程での田舎の旧家の歴史が、数多くの登場人物、エピソードにより描かれ、物語性に富んだ展開で実に面白い。 また家族や大きな歴史のうねりに翻弄されながらも、たくましく柔軟に生きていく蕗の姿と心情が淡々と描かれ、静かな感動を与えてくれる。


 


[あらすじ]

 工藤瑞恵は精密機器メーカーの元会長宅で家政婦をしている。 その家には浪人生の息子裕次、スタイリストの娘かおり、元会長の後妻の愛美と連れ子で16才だが高校にも通っていない祥の4人が何不自由なく気ままに暮らしていた。 ある晩かおりが家の前でひき逃げされ意識不明のまま病院で眠り続けることに。 そして裕次は灯油をかぶって焼身自殺と事件が続く。

[採点] ☆☆★

[寸評]

 金持ちの屋敷で気ままに暮らす者たちに降りかかる事件とそこの家政婦自身が巻き込まれる事件が次々に描かれる。 しかし状況が良く整理されないまま事件がやたらに続く。 瑞恵のにわか推理にしろ、思わせぶりな描写や台詞もわざと外を回っているようなわざとらしさを感じる。 瑞恵の夫や昔の恋人に対する心情も描き方が浅い。 残念ながら暇つぶしにはなるという程度の面白さでした。



[あらすじ]

 警視庁捜査一課の警視を父に持つ推理小説作家の法月綸太郎は、時々父の担当事件に首を突っ込んでは名探偵ぶりを披露している。 図書館司書の沢田穂波と行った信州旅行の帰りの列車「あづさ68号」の車中。 前席の夫婦連れの様子がおかしい。 夫の方が死亡しており、おまけに毒を盛られたらしい。 鉄道を舞台とした「背信の交点」など全5作の短編集。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 本格推理ものの短編5編。 本格ものがやや苦手な私でもけっこう楽しめたのだから、その筋のファンにはたまらないのでは。 いずれも多彩な状況設定で楽しませるが、なかでも「背信の交点」と「身投げ女のブルース」は印象に残った。 それでも忍耐力のほとんど無い(思考力も)私にはパズラーは少々つらい。 次々に繰り出される綸太郎の理詰めの推理についていけず、読んでいてボーとしてしまうこともたびたびでした。


 《未読だった過去の傑作》

[作品紹介]

 花屋の女店員は歯科医に恋をするが、彼の妻の女優が突然アメリカへ夫婦で移住すると宣言。 2人の恋を実らせるため船から彼女を突き落とすことに。 英国推理作家協会賞受賞作。 最近はダイヤモンド警視シリーズで知られる作者だが、以前はヴィクトリア時代を背景とした名作が揃っている。 他に「マダム・タッソーがお待ちかね」、「キーストン警官」、「苦い林檎酒」の評価が高い。

[採点] ☆☆☆☆★

[寸評]

 面白い! 別にスリルやサスペンスの連続でハラドキドキさせるような類の物語ではなく、むしろややスローなテンポで進むが、これがこの物語の雰囲気にぴったり。 18年前の作品だが、古さとは無縁のまるで泰西名画を見るような優雅な大人のミステリー。 さりげないユーモアと、はっとさせる場面を所々にちりばめた展開の妙が素晴らしい。 そして鮮やかなラスト。 しびれました。



[あらすじ]

 ホイト産業の社長が自宅に進入した暴漢に撃ち殺され、強盗は一緒にいたホイトの妻のオレゴン州上院議員でもあるエレン・クリースにその場で射殺された。 折しも選挙戦を戦っていたエレンの人気は沸騰するが、やがて警察は現場の血痕の状況からエレンを夫謀殺の容疑で逮捕する。 事件の審理は公正で厳格な判事クィンが担当することになるが。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 弁護士でもある作者お得意の法廷場面を交えたサスペンス。 二転三転する展開、緊張感ある法廷場面、それにアクション等々相変わらずサービス精神旺盛。 高潔な人柄で知られる判事がにっちもさっちもいかない状況に追い込まれていく様が緊張度を高める。 判事とその妻のいかにもアメリカ的なもつれ話は食傷気味だし、後半は話が込み入りすぎた感じ、最後も急ぎすぎた印象だが、十分楽しめました。


ホームページへ 私の本棚(書名索引)へ 私の本棚(作者名索引)へ