◎1月


神さまを待っているの表紙画像

[導入部]

 水越愛は大学を卒業したが就職できず、派遣会社に登録し、文房具を開発する会社で働いてもうすぐ3年になる。 派遣可能期間は3年まで。 派遣時の約束は3年後には正社員にすることを検討するというものだったが、部長に呼ばれ正社員登用の件は無理になったと告げられる。 失業保険を受けながら求職活動をするが、どこの会社も不採用だ。 転職先は見つからず貯金もなくなり、大晦日にホームレスになった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 派遣切りにあい、漫画喫茶に寝泊まりしながら日雇い仕事に出る貧困女子の話は、新春1番の読書には少々辛いものがあったが、今の時代、かなりリアルな物語ではあった。 負の連鎖にはまって貧困から抜け出せず、結局女を売りにする仕事をしながらも、最後の一線をどうしても踏み越えられないあたりの彼女の気持ちも良く描けていると思った。 それでもこの主人公にはまだ頼れる者が複数いるわけで、終盤の展開も含めて、まだ若干の甘さも感じたが。


救済の表紙画像

[導入部]

 老舗の漬物メーカー「陸奥屋」の臨時社員の宮津勇司は、給料日に総務課へ顔を出した。 経理係の小関智子さんから給料袋を受け取り、部屋の隅の目安箱に思いついたことを投書した。 その時、大きな揺れを感じた。 頭の上から天井が落ちてくるのを目にした後、1時間は気を失っていただろうか。 気付いたときには天井と床の隙間50センチの間に体を瓦礫で挟まれ、身動きできなくなっていた。(三色の貌)

[採点] ☆☆☆

[寸評]

 30ページ弱から40ページほどのミステリー短編6編。 短編の場合、終盤の切れ味の鋭さで作品の良し悪しはあらかた決まると思うのだが、この作品の諸作はどうもその点が弱い印象だ。 聞いたこともないような特異な病気を持ちだして着地させようという話などどうかと思うし、いずれも鋭さがなく、じんわり効いてくる感じ。 ただ、突出した作品はないが、どの作品も物語の設定は凝っているし、上手くまとめてあり、飽かせず一気に読ませる面白さはある。


ブルーバード、ブルーバードの表紙画像

[導入部]

 ダレン・マシューズは黒人のテキサス・レンジャーだが、彼の実家の農場を長く管理していた老人が殺人の嫌疑を受けた関係で停職中だ。 そんなとき、友人でFBIエージェントのグレッグから、シェルビー郡の田舎町ラークでふたつの死体が出た事件を調べてほしいと頼まれる。 ひとりは町へ立ち寄ったと思われる黒人男性。 小川で溺死体で見つかるが、暴行されていた。 もうひとりは二十才になる地元の白人女性だった。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 黒人のテキサスレンジャーが、今なお人種差別意識の激しいアメリカ南部の田舎町で黒人と白人の殺人事件を捜査するミステリー。 主人公の私的・公的な現状や田舎町で起きた事件の概要をあらかた理解するまでには頁数を要するが、その後はスムーズに流れる。 根強い黒人蔑視の環境の中であくまで正義を貫こうとする主人公の姿勢は潔い。 過去からの長い積み重ねの人間ドラマとしても練られているし、最後には思わぬ驚きの結末が待っている。


ぎょらんの表紙画像

[導入部]

 家に帰ったらリビングで兄の朱鷺が暴れていた。 朱鷺は三十歳、無職で職歴なし。 大学中退後ずっと家に引きこもっている。 趣味は漫画の収集で、自室に収まらず客間に積んでいた本を処分されたのだ。 私は通夜から帰ってきた。 私の恋人が昨日死んだ。 付き合い始めて4年が経つ。 彼のバイクに居眠り運転のトラックが正面衝突。 彼の骸の一番近くには私よりいくつか年上の女がいて、それは彼の妻だった。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 人が死の間際に遺す赤い珠“ぎょらん”をめぐる連作短編集。 それを口にした者には、死者の最後の情念が見えるという。 怪しい話ではなく、葬儀社を主舞台に据えた人間ドラマだ。 人の死にまつわる話なので辛く苦しみは多いが、ずーんと沈み込むような語りでないのが良い。 登場人物それぞれの造形もしっかり書けていると思うし、新人葬儀屋の朱鷺の生真面目なキャラクタも好感が持てる。 採点は少し辛めだが、もう一段の深みがあればと感じた。


芙蓉の干城の表紙画像

[導入部]

 昭和8年、東京。 桜木治郎は早稲田大学の講師。 江戸歌舞伎最後の大作者、三代目桜木治助の孫だが、歌舞伎の殿堂・木挽座に足繁く通い、木挽座の多くの面々から“桜木先生”と呼ばれて頼りにされている。 かねて六代目荻野沢之丞から誘われていた「けいせい深見草」も明後日が千秋楽という日。 治郎は、妻の従妹にあたりうちで預かっている大室澪子のお見合いの場を兼ねて木挽座にやってきた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 作者が得意とする歌舞伎ミステリーで、「壷中の回廊」に続く設定の作品だが、前作を読んでいなくてもまったく問題ない。 歌舞伎界の様子や、戦争に向かって進んでいく当時の世相がしっかり描き込まれて興味深く、物語が最初から最後まで丹念に練り上げられていると感じた。 娘の見合いの顛末もセンチメンタルな雰囲気が感じられて好ましい。 ただ、ミステリーとしてはたいへん真面目で丁寧、破綻無く作られてはいるが面白みにやや欠けたようだ。


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