◎2月


本と鍵の季節の表紙画像

[導入部]

 高校2年の堀川次郎は図書委員。 その日は松倉詩門との二人組で図書室で当番を務めていた。 松倉とは四月に委員会の第一回会議で知り合った。 背が高く顔もいいし、快活で良く笑う一方、ほどよく皮肉屋だ。 そのとき利用者もいない図書室に入ってきたのはこのあいだ図書委員会を引退した三年生のひとり、浦上麻里先輩だった。 死んだおじいさんが遺した開かずの金庫の番号を探り当ててほしいと言うのだ。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 高校の図書委員の男子二人をメインキャラクタに、彼らが持ち込まれる謎に挑む連作推理短編集。 二人の軽妙な掛け合いも爽やかで楽しく、ちょっと鋭すぎる推理はどの話も少々辛口の結末に繋がっていく。 推理は伏線を張って分かりやすいものになっていると思うが、設定や謎解きの方向性にはちょっと疑問を感じるところもある。 こういう作品でいつも思うのだが、主人公が高校2年生にしては随分大人びていて、会話や言葉遣いに少々違和感を感じた。


月まで三キロの表紙画像

[導入部]

 死に場所を考えていたとき、以前テレビで見た青木ヶ原樹海の風景が頭に浮かんだ。 とにかく鳴沢村まで行こうと名古屋駅で新富士駅までの切符を買いこだま号に乗り込んだ。 新幹線が浜名湖を横切っていたとき、ああ、うなぎだ、と思い、降車してタクシーの運転手に勧められた店に入ったが、吐き気がして店を出る。 近づいてきたタクシーに乗り込み、鳴沢村へと応じ、目的を問われるまま、自殺の下見と答える。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 40ページ程度の短編人間ドラマ6編。 宇宙、気象、化石など理系の話題が物語に練り込まれているのが珍しい。 作者は東京大学大学院理学系研究科博士課程修了という経歴だが、それら理系項目が難解ではなく登場人物に分かりやすく説明するかのように書かれている。 各話とも、悩み、迷っている主人公が最後にはおぼろげに光が見え前向きになっていて、いずれも読後感は爽やか。 四十才、婚期を逃した女性の淡い恋の行方を描く「星六花」がいい。


麒麟児の表紙画像

[導入部]

 幕末、慶応四年の三月、勝”安房守”こと麟太郎、のちの名を海舟。 このとき四十六才。 幕府の陸軍総裁に据えられていた。 折しも、天皇自らが発せられた詔により幕府軍を討伐すべく官軍五万が江戸に迫っていた。 その大軍勢を実質的に率いるのが西郷吉之助(のちの隆盛)だった。 勝は侵攻される江戸の町そのものを業火の海に沈める焦土戦術の準備を整えながら、一方、西郷に交渉の使者を送っていた。

[採点] ☆☆☆★

[寸評]

 主君徳川慶喜に振り回されながら、日本をひとつにする、天下国家のため奔走し、西郷と命がけの駆け引きを展開する勝海舟の語りで描かれる。 物語の3分の2は江戸城無血開城を目指しての勝と西郷の交渉に費やされる。 押しては引き、じりじりとした展開は少々じれったいが、勝の葛藤、息詰まるような緊張感のある駆け引きは読み応えがある。 全編勝の語りなので一方の麒麟児である西郷はあくまで相手役だが、西郷の視点での話も読んでみたい。


拳銃使いの娘の表紙画像

[導入部]

 ミドルスクールの正面玄関に父親が立っていた。 ポリーはもう11年の人生の半分近く父親に会っていなかったが、そこにいるのは間違いなく父親だと分かった。 強盗で刑務所にいるはずだからきっと脱獄してきたんだと思った。 一緒に来るよう言われおんぼろ車に乗り込んだ。 父親のネイトと共に、別れた妻エイヴィス、娘のポリーに対し、カリフォルニアのギャングの総長が刑務所の中から処刑命令を出したのだ。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 犯罪組織のボスの弟を殺してしまい、カリフォルニア中のギャングに狙われることとなった父親と娘の逃亡と反撃を描く犯罪活劇。 物語は父親、ポリーのほか2人を追う刑事など語り手を次々に変えながら、ほぼ一直線にラストまでテンポ良く突き進んでいく。 歯切れのよい文章に、場面転換も素早く、アクションの連続で存分に楽しめる作品。 平凡な少女がタフな闘士に変貌していくあたり少々やり過ぎ感はあるが、映画化進行中というのも頷ける娯楽作だ。


草々不一の表紙画像

[導入部]

 青葉の風が吹く庭を、五十六才の前原忠左衛門はぼんやりと見ていた。 妻女に先立たれたからと言って、武士が嘆き悲しむとは不届千万と思っていたが、いざ己がその立場になってみると、どうにも勝手が違っていた。 妻の直は三月、麻疹の流行が江戸を襲った際、発疹が総身に広がり何日も高熱を出し、呆気なくこの世を去った。 武芸に励んできて読み書きが不自由な忠左衛門のもとに妻の遺書が遺された。

[採点] ☆☆☆☆

[寸評]

 各編50ページ弱の時代小説8編の短編集。 いずれも江戸時代、太平の世における武士としての矜持、潔さ、そして迷いが、妻らとの交流を通し情味深く描かれている。 主人公のほか、登場してくる女性たちが実に潔い人ばかりで気持ちがいい。 また全体に文章はスッキリしており、たいへん読みやすい。 表題作は勿論、どの作品も爽やかさが感じられる良作だと思うが、忠臣蔵の大石内蔵助とその妻を飼い犬の語りで描いた「妻の一分」が変わり種。


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