もうすっかり夜も更け月が煌々と照らす頃、馴染みとなった屋根の上に阿国と全蔵はいた。二人の間にはいつものように全蔵が手土産として持ってきたジャンプとピザが置かれている。まだ温かいピザを頬張りながら、寝巻き姿の阿国は尋ねた。
「のう、今日は忍々pizzaではないのだな」
「ん、ああ。ちょっと仕事が入ってたもんでな」
もちろん、バイトではなく本業のほうである。仕事自体はお庭番衆筆頭を務めた全蔵にしてみれば簡単なもので、滞りなく終わらせることが出来た。だが、仕事を終えたままの姿で阿国の元へ行くわけにもいかず、着替えなどをしていたところ阿国との約束の時間が迫り、慌てて最寄りのピザ屋へと向かう事になったのである。
「ご苦労さまじゃったな」
「フン、別に褒められるような仕事じゃねェのくらい、お前だって知ってんだろ」
フリーの忍者に依頼する仕事など大概は後ろ暗いものばかりである。後味の良くない仕事だった全蔵はつい突慳貪な口調になってしまった。すぐに悪いと謝った全蔵だが、阿国に気を悪くした様子なく、微かに笑って応えた。
「それを言うなら、わしも同じゃ。今日も伝えた先に何が行われるのか知りながら、ただ乞われたことのみに答えた。直接と間接の違いはあれど、わしとぬしは何の変わりもない」
「お前……」
諦める事に慣れきった少女は、黙々とピザを口に運ぶ。そんな横顔を見ながら、全蔵はこれまで聞かずにいたことをつい口にしてしまった。
「ここから逃げるつもりはねぇのか」
夜風に阿国の切り揃えられた髪がなびき、見上げた黒目がちの瞳がじっと全蔵を映す。その姿に全蔵はそれ以上の言葉を失い黙り込む。阿国の言葉を待つ中、まるで世界の全てが阿国の託宣を待っているようだと、全蔵はぼんやりと思った。天眼通の阿国。あらゆる事象を予見し託宣する、神童と呼ばれる巫女。
「――今はまだ時ではない。子供の身ではどうにも出来ぬことも多いしのう。だが、ぬしがこの世に絶対の未来などないと示した以上、この目に何が視えたとしても、わしは諦めぬ」
その覚悟の強さに全蔵は気圧され、不用意な言葉を発した己を恥じた。
「そう、か。俺としたことがつまらねぇこと聞いちまったな、忘れてくれ」
阿国は黙って首を横に振った。
* * *
ピザも食べ終わり、眠そうな気配を見せ始めた阿国を全蔵は抱きかかえるようにして降りた。まだ話し足りぬ阿国は不服そうな顔をしたが、途端に出たあくびで大人しく引き下がる。跳躍一つで塀の上へと飛び乗った全蔵は、大事そうにジャンプを抱える阿国に言った。
「なぁ、面倒見る気はさらさらねぇが、ここを出る時に手くらいは貸してやる。そん時が来たら言え」
眠そうだった目を見開くようにした阿国はその時はよろしく頼む、そう言ってにっこりと笑った。
希望を見た。
2009.11.16