あれは高杉やヅラと喧嘩をして、口をきかなくなったときの事だった。
もう理由までは覚えてないが、馬鹿と言っただとか菓子を取っただとか他愛のないことだったと思う。そんなことは日常茶飯事で、喧嘩というより遊びの一つだったが、その時はどうやらお互い虫の居所が悪かったらしい。普段なら誰かが止め役になるのだがそれもなく、最後には絶交だ!と言い合い本当の喧嘩になって終わった。
「おやおや、つまらなそうな顔をしているね」
「別に」
授業が終わって二人は既に帰っている。ヅラも高杉もそこそこの家の子だから、あんまり遅くなると色々とうるさく言われるらしい。その点、俺には全然関係ない話だったが。隣に座った先生はくすくすと笑っている。
「そんな膨れっ面しながら言われても全然説得力ありませんね」
「笑うなよ」
先生と話すのは凄く楽しいのだが、その時はとてもじゃないがそんな気分になれなかった。けれど、だからといって一人になりたいわけでもなく、いつの間にか俺も随分と我が侭になったものだと、自嘲的な思いに駆られる。間近にいる先生の視線に居心地の悪さを感じながらも暫く無言でいたのだが、ふと気になり聞いてみた。
「先生は嫌いな人っていんの?」
「嫌いな人ですか?うーん、すぐには思いつきませんねぇ」
「……そっか、そうだよな」
俺にとって先生は完璧とまでは言わないけれど、唯一信じられる大人だった。今の俺が在るのは先生のお陰だと言っていい。だから、先生の答えは至極当然だと思ったし、人を嫌う様子だとかは全く想像出来なかった。しかし、先生はそのあと意外な言葉を続けた。
「但し、敵はいます」
「敵?」
「ええ、敵です。私が人生を歩んでいくにあたって、その邪魔になる、排除しなければいけない存在です」
先生はいつもと変わらぬ顔で、けれど似つかわしくないような想像したことのないような過激な言う。面食らった俺は、たぶん間抜けな顔で先生を見ていたと思う。けれど、そんな俺に構うことなく、まるで授業をしているようかのような口調で後を続けた。
「好きだ嫌いだというのは、わりと簡単に引っくり返るものです。今日は嫌いだけれど、明日には好きになっている、逆もまたも良くある事でしょう。けれど、一度敵だと認識してしまったら、もう無理でしょうね。害を与えてくる人間に頭を下げるなんて冗談じゃありませんし、降伏するなんて真っ平御免です。そうなったら、どちらかの存在が無くなるしか、終わりにはなり得ないでしょうね」
唖然とする俺を尻目に、先生はにっこりと笑う。
「さて、これを踏まえて聞きます。銀時、二人は貴方にとって敵だと思いますか?」
「……思いません」
「それならば、謝ってきなさい。たぶん、向こうも謝りたいと思っていると思いますよ」
その後、教室を出た俺は帰り道を引き返していた高杉とヅラと出くわし、同時に謝るような形で仲直りした。
* * *
――結局、先生の敵が何だったのかは聞けずじまいになってしまったが、天人とか幕府だとか、そんな小さなものを相手にしていたわけでなかったのだろうと、今は思う。
今となっては知る術もなく
2008.06.21