2月14日

江戸の町に雪がちらつく今日この頃。タンスやら洗濯機やらが店先に並ぶ建物に、堂々と掲げられた看板に書かれた店の名は『リサイクルショップ地球防衛基地』。
そこへ一人の男が入っていった。

「いらっしゃい……アラ銀さん久し振りじゃないかィ」
「よう、相変わらず客いねーな、この店」
「アンタんとこよりはマシさね。で、今日は何の用だい」
「……何気に酷くねぇ?」
「事実だろうに」
「ま、いいけどよ。とりあえず買って欲しいもんがあるんだよ」

そう言って、銀時は一旦表に出ると、段ボール箱を二つ積んだ台車を押しながら戻ってきた。店主は随分あるねェと言いながら、カウンター越しに覗き込む。銀時が段ボール箱を開けると、そこには綺麗にパッケージされた歯ブラシが詰まっていた。

「どうしたんだい、ソレ」
「知り合いが工場やってたんだけどよォ、この前倒産しちまってな」
「おやおや」
「んで、その片付けを手伝ったら駄賃代わりにって貰ったんだよ。つーか、買い手探すのも面倒だからって押し付けてきやがった」
「ああ、あそこン所の下請けかい。この不況の時代だからねェ。どれ、見てやるからちょいとお待ちよ」

カウンターから回ると、ダンボール箱の中から商品を取り出し、手際よく見積もっていく。そして、軽やかにレジをたたくと、銀時の前へとお金を入れたトレイを出した。銀時は出されたそれをまじまじと見つめてぽつりと呟く。

「……少なくね?」
「単価が安いんだ。それくらいが相場ってもんさ」
「しゃーねぇなァ」

銀時は肩を竦めお金を受け取ると店を後にしようとしたが、それを店主が呼び止める。

「ちょいとお待ちよ。せっかくだから何か買ってったらどう?」
「金ねぇっての」
「安くしておくからさァ。そうだ、アンタ甘いもんが好きだとか言ってただろ。だったら、こんなのはどうだい」

そう言って店主が出してきたのは、一見すると製麺機や肉をミンチにする機械に似ている物体。上の開口部に材料を入れ、横の口から何かが出来上がって出てくるのだろうとは予想されるが、どうにもヘンテコな形をしている。

「……何コレ」
「これは父の造ったカラクリの一つでねェ、コレをこうして」

用意したのはアルミホイル・リボン・好きな色の油性ペン。それらを所定の位置に取り付け、最後に市販の板チョコを放り込む。そして、スイッチを入れ待つことしばし。

「おおっ?!」

出来上がったのはハート型に成形されたチョコレート。しかも、色付きのアルミホイルに包まれ、巻かれたリボンは蝶々結びまでされている。

「スゲーなオイ」
「どうだい、欲しくなっただろう?」
「でも、これ材料ないと作れねェんだろ?」
「当たり前じゃないか。空気からは作れっこないだろ」
「その材料を買う金がねぇんだよ!あったらとっくに買ってるつーの!」
「そうかい、そりゃあ残念だねェ。せっかくアンタにはちょうどいいと思ったのに」
「しっかしよォ、何ために造ったんだよコレ」

銀時が疑問を抱いたのも尤もで、確かに凄いカラクリではあるのだが、家庭用にはやや大き過ぎるし、業務用には小さい。

「なんでもねェ、父が依頼されて造ったんだけど、何だかあって返品されたらしいんだよ」
「へェ〜」

手近な商品を弄りながら、もの凄くどうでもよさそうに相槌を打つ銀時。しかし、次の言葉にうっかり商品を取り落としそうになる。

「これがまた笑っちゃう話でねェ、江戸中のモテない男どもにバレンタインチョコを配るんだって言ってたらしいんだよ。何考えてるんだかねェ。まあ、そんなのを引き受けたアタシも父親もどうかしてんだけどさ」
「え、それって」

思い出してもあまり愉快にはなれない映像が銀時の頭の中を駆け巡る。まさかと否定しようとするが、さらに追い討ちを掛けられる。

「返品された理由ってのも、ブリーフ一丁に赤フンのマスクで出歩いてて、しょっ引かれたからっていうんだよ。馬鹿な話だろう?」
「そ、そうだな」

銀時の記憶が確かならば、あの赤フン仮面は現在脱獄中のはずである。もう髪も白くなっていたはずだが、店主の父親が健在の頃からそんなことをしていたのかと、銀時は呆れた。

「安くしておくよ」
「だからいらねぇって。まあ、また来るわ」
「あ、銀さんちょっと待って」
「言っとくけど、今ならもう一点!とか言われたって買わねーぞ!」
「違うよ、やだねェ」

そう言って銀時に差し出された物は、銀色の包装紙に包まれた箱。

「オイッ!これガディバのチョコじゃねーか!どうしたんよコレ!」
「どうしてんだって、まあ自分で食べるためにさ。この時期は色んなとこのがずらっと並ぶだろう?つい買っちゃうんだよねェ」
「……くれんのコレ」
「アンタ誰にも貰えそうにないからね、おすそ分けしてあげるよ。その代わり今度は何か買っとくれ」
「歯ブラシ三本くらいだったら考えとく」
「……返しとくれ」
「冗談だって」
「ハイハイ、期待しないでおこうかね」


* * *

上機嫌の銀時を見送った店主は一人ため息をついた。

「まったく今日来るだなんて……まあ別にどうだっていいんだけどさ」

St.Valentine's Day!

2008.02.14

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