道場の扉は開け放たれ、冬の穏やかな日差しが磨かれた板の間に反射している。出会った時に見た新八の素振り姿は庭だったか。その頃に比べると、格段に腕が上がっている。
寝そべって見ていた俺はふと気付いた。
「新八さァ、俺に稽古つけてくれって言わねぇよな」
新八は手を止め、驚いたようにこちらを見た。
「言ったら稽古相手になってくれるんですか?」
「いや……わかんねぇけど」
自分で話を振っておきながら、曖昧な返事であることに少しばつの悪い思いをしていると、木刀を置いた新八が目の前へと座った。その表情は困ったなァと少し苦笑染みたもので、俺は何となく叱られる子供のような気分で身体を起こした。
「怖いからですよ」
「俺が?」
「ええ、だって僕が銀さんの剣を見るときって常に戦いの中でしょう?稽古してる姿とかって見たこと無いし、おっかなくて頼めませんよ。それに――引き受けてはくれないでしょうしね。だから、沖田さんの稽古相手になったっていうのを聞いて、ちょっと羨ましかったんです。沖田さんも実戦の人でしょう?きっと、沖田さんレベルじゃないと相手にならないんだろうなって」
「そんなこと……」
「ない、とは言えませんよね」
何でも無いことのように新八は笑う。
いや、それはお前が言わなかっただろうとか、あれは仕事として金を貰ったんだとか、そもそも戦いの中って微妙に混同してねぇかやら、言いたいことは幾つか浮かんできたが、そんなことは承知の上でだろうと、喉元まで出掛かった言葉を飲み込んだ。
考えてみれば新八と剣術に関し、膝を突き合わせて話すだなんて初めてだろう。今までそんな機会は幾らでもあったのだし、殊更避けてきたつもりは無い。だからといって、向こうから頼まれていれば相手になってやったかと言えば、たぶんはぐらかし誤魔化ししただろう。新八の読みは正しい。けれど、新八の稽古相手になってやらない理由なんてどこにも無いはずなのに。
「僕は強くなりたいです――銀さんを護れるくらい」
折目正しく座る新八のまっすぐな視線。
「今まだ護られてばかりですけど、だからって今のままでいるつもりはありません。僕は強くなります。その時は銀さん、ぜひ手合わせをお願いします」
どこまでも見通せそうな澄み切った瞳。
「……銀さん?」
――俺には強くなる目的なんてなかった。
「聞いてます?」
思い出したくもない土埃と饐えた臭い。未来への期待も持てず、過去への愛着も無い、獣のようなその日暮し。それでも、死にたくはないという思いだけで剣を取った。自分に向けられた悪意も好意も何もかも斬り捨て、目に映る全てを恨みながらただ生きた。あの人と出会うまでは――。
「銀さんっ!」
沈黙する俺を不安そうに新八が見つめる。拒否されるのではと思っているのかもしれない。俺は慌ててなんとか口の端を吊り上げる。そんな顔をさせるつもりじゃなかった。悪いのは俺なんだ。俺が昔を思い出すのが嫌で逃げていたんだから。
「覚悟しとけよ、新八。銀さんそう簡単には負けてやんねーからな」
「銀さん……いいですよっ、僕だって負けませんから!」
眼を輝かせ意気込む新八に俺は救われたような気持ちになる。
もし、新八が俺を見て誰かを護るために強くなろうとするならば、少しはあの人の恩に報えるというものだろう。こんな俺が今でも刀を持ち続けてきた甲斐があるってもんだろう。
新八が俺に勝つ日。
俺はその時が来るのを楽しみにしている。
未来を斬り開く音
2008.02.02