夜更けの道場に土方の声が響く。
「俺は絶対反対だ!いくら剣の腕が立つからって、アイツはまだ世の中の事もわかっちゃいねえガキだ!そんな汚い仕事させたくねェッ!」
激昂する土方に近藤は少し困ったような顔をした。
「落ち着け、トシ」
「けどッ!」
「俺だってこんなのは本意じゃない。しかし……これは松平のとっつあんからの話なんだ」
門人を抱え路頭に迷う近藤たちを拾ったのは、警察庁長官・松平片栗虎だった。
その松平の働きかけにより、新しい幕府で警察の一機関として働くことが既に決まっている。ただ、それには幾つかの交換条件があり、その一つとして某要人の暗殺が持ちかけられていた。成功すれば正式な任務として罪には問われないが、失敗すればただの罪人。
将来を左右する重要な話だが、近藤は刺客として沖田を向かわせるつもりでいた。
「これから先、俺たちは組織としてやっていく事になる。もうじき組織図も作られる。その前に、総悟の力を示しておく必要があるんだ。お前の言うとおり総悟はまだ若い。剣術に秀でているというだけでは、ただの子供なんだ」
きっぱりと言い切る近藤に土方は少したじろぐ。
「それは……このままだと総悟は居られなくなるってことか?」
「そんな事はないし、俺がさせない」
「だったら何でなんだよ!何で……っ!」
思わず胸倉を掴んだ土方だが、近藤の言うことが正しいこともわかっている。
本来、十八歳にも満たない沖田が刀を腰に差し、警察など名乗れるはずもない。精々、見習いか雑用あたりが関の山。だが、周りも本人もそんな事は望んでいない。年若い沖田を現場へと立たせるには、それを納得させるだけの実績が必要だった。そして、今回はその絶好の機会となる。
そう分かっていながらも、土方は沖田に暗殺などという仕事はさせたくなかった。
言い募る事も出来ず項垂れる土方を労わるように、近藤はそっと肩に手を置く。
「トシ、これは俺の我が儘なんだ。まだ決まっていないが、たぶん俺が局長で、お前が副長だ。そして、その下の隊長には総悟を就けたいと思ってる。そうすれば、俺、トシ、総悟。今まで通りじゃないか」
そう、あの武州のボロ道場にいた時のように。
「なぁ、トシ。俺はお前にも総悟にも側にいて欲しい――その身勝手な願いのために、総悟に人を斬らせるんだ。酷い話だろう?」
自嘲気味な笑みを浮かべる近藤と重苦しい空気。
「……もちろん、選ぶのは総悟だ。無理強いをするつもりはない」
他に生きていく道があるのならば、こんな辛い思いをしなくて済んだのかもしれない。しかし、変わりゆく時代の中、変わることの出来ない自分たちが共に生きていく方法。
この沈黙が延々と続くかと思われた頃、土方がぽつりと呟いた。
「……近藤さん、賭けてもいい。総悟は剣を取るよ。アイツだって同じ気持ちだろうからな」
真選組結成、少し前の話。
揃って幕明けを
2007.08.23