静寂は雫と消えた

チャポン、チャポン。

「チッ、またガキどもか」

数日前から海老名さんの住む池に、子供たちが石を投げ込むようになった。河童が出るとでも噂になったのか、一向に止める様子を見せない。驚かせて追い払うという手もあったが、騒ぎになってこの住処を失う事を恐れた海老名さんは、そのうち飽きるだろうと放っておいた。

「お?止んだか?」


――ドボッーン!!


激しい水音と共に、人の頭はあろうかという大きな石が海老名さんの鼻先を掠め、池の底に落ちた。これはさすがに黙っているわけにもいかず、ざばりと水面に顔を出した。

「皿が割れたら、どうするんだコノヤロー!」
「ぎゃあああ!よっちゃん、ホントに河童出たァ!」
「チャポンチャポンうるさいんだよテメーら!ストレスでハゲたらどうすんだ!」
「オッサン、頭だけアルシンドそっくりだろ!」
「皿だァァァ!つーか古ッ!お前らなぁ、良く考えてみろ!髪が抜けたら、俺はヨーダかピッコロ大魔王になっちまうわ!」
「肌が緑色しか共通点ねーよ!それなら河童も同じじゃねーか!」
「だから、河童じゃねえって言ってんだろ!そもそもなぁ、河童が緑色だとは限らねーんだぞ!確かに緑色の肌にくちばしってのも多いらしいが、猿っぽい毛が生えてるのもいるんだよ!何でもかんでも一緒にするな!地方によっては呼び名も違うしな!それにwikiで調べると、河童の項目に俺の名前があるが、ちゃんと「正確には河童ではない」って書いてあるわ!しっかり調べてから来やがれ!」
「詳しいじゃん!」
「テメーらが人のことを河童河童いうから調べちまったんだよ!」
「じゃあ、河童で」
「まー、全体的に総合してみると河童と言えなくないかも……っていい加減にしろォ!」

怒った海老名さんは水を掬い上げ、浴びせかけた。

「うわ、冷たっ!」
「何すんだオッサン!」
「さっさとどっか行けェェェ!」
「頭の皿が乾いて死んじまえ、クソ河童ァァァ!」

バシャバシャと降りかかる水しぶきに堪りかねた子供たちは、捨てセリフを吐きつつ、一目散に逃げ出した。



そうして足音が完全に遠ざかり、静寂を取り戻した池には海老名さんが一人残される。

「……独りは慣れてらァ」

そう言いながらも淋しさに項垂れる。先ほど騒がしかった分、今の静けさが余計に辛い。水温すら下がったような錯覚に海老名さんはぶるりと身体を震わせると池の中に戻っていった。


 * * *


ドボン!


「……まだ何か用か」

顔を出すと子供たちが戻って来ていた。

「オッサンのせいで何しに来たか忘れちまったじゃねーか」
「よっちゃん何だっけ?蛸名さん?烏賊名さん?」
「いや、エビスヨシカズだった気がする」
「違げーよ!エビナ!海老名さんって呼……あ?お前ら俺のこと知ってんのか?」

海老名さんは首を傾げる。地球に来てから知り合った人間は少ない。ましてや、名前を知っている者など片手で足りる。当然、この子供たちと会うのは今日が初めてである。怪訝に思う海老名さんによっちゃんと呼ばれていた方の子供が答えた。

「神楽に聞いたんだよ」
「……神楽ってピンク色した髪のチャイナ服着た女の子か?」
「そーだよ。今日は仕事入ってるからって、伝言頼まれた」
「伝言?」
「あー 『今度キュウリを持って遊びに行くヨ。夏はキュウリの美味しい季節ネ』 だってよ」

予想もしなかった言葉に海老名さんは思わず目を瞠る。だが、それと同時に、ああ矢張り、という思いも沸き起こる。地上げ屋が手を引き、今の平穏な日々を送っていられるのは、あの連中のお蔭なのだと。

「なあ、オッサン。淋しくねーの?」
「……別に。俺ァずっとここに住んでんだ。何を今更」
「ふーん」
「何だよ」
「神楽が言ってたんだよな?」
「うん、外れの池に河童が一人で住んでて淋しいだろうから遊んでやってくれって」
「…………オイ」
「それじゃあ、確かに伝えたからな!」
「オイ!待て待てッ!」

言うだけ言って、さっさと踵を返すよっちゃんたちを、海老名さんは慌てて引き止めた。


「……伝えてくれねぇか、待ってるって」


すると、よっちゃんたちはニィと笑った。

「しかたねーな。今度は神楽とキュウリ持ってきてやるよ」
「テメーなんか二度と会いたくねェ!さっさと帰れ!」
「よっちゃん、これがツンデレ?」
「おう」
「違うわ、ボケェェェ!」


再び池は静かになったが、今度は淋しいとは感じなかった。

ノックは石を投げて(注:小石でな!)

2007.05.19

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