砲煙弾雨―豆

土方の部屋にもうもうと立ち込めた白い煙。この時期は来年度の予算編成や活動計画など、とにかく雑務に追われて忙しい。特に予算。捕り物のたびに起こる無用な破壊行為のせいで、修繕費やら弁償代やら頭が痛い。既に灰皿には吸殻がこんもりと盛られているが、資料作りは遅々として進んでいなかった。
と、

「鬼はー外ッ!!」

外から掛け声と共に、土方の部屋の障子をビシビシと炒り豆が突き破り飛んできた。ピンと貼られていた障子は無残な姿。穴から差し込む日光が眩しい。青筋を立てた土方が障子を勢いよく開け放つ。

「誰だコラァ!つーか総悟だろコノヤロー!……あ?」

庭には確かに沖田もいた。しかし、それだけではなかった、近藤も含め、真選組隊士が勢揃いしている。しかも、豆の入った枡を持って。
今すぐ全力で怒鳴り倒したい土方だが、こめかみがぴくぴくと引き攣るのを自覚しつつも、精一杯我慢して聞いた。

「一体何だこれは」

地を這うような低い声音。さすがは鬼の副長、その迫力は半端ではない。女子供は泣き出し、腕の覚えのある男でも顔を真っ青にして逃げ出すだろう。だが、そんなことには慣れきっている沖田は平然と答えた。

「豆撒きでさァ」
「テメーは黙ってろッ!オイ、総悟のバカだけならまだわかる。だけどなァ、なんでテメェらまで雁首揃えていやがんだよ!」
「土方さん、聞いてねェのか?」
「あァ?」
「節分の鬼は副長に決まったんでしょ」
「ハァァァ?!」

もちろん土方は何も知らない。

「毎年、厄払いの豆撒きをやるでしょ?今年の節分は隊長職の人間が鬼の役をやる事になったの」
「で、アンタが鬼決めのジャンケンの時に来ねェから、自動的に決まったんだけど……ホントに聞いてねェのか?」
「そんなのこれっぽっちも聞いてねェよ!」

だからこそ、豆吹雪を浴びる羽目になったのだ。

「総悟、お前トシに連絡しておくって言ってなかったか?」
「俺ァちゃんと伝えましたぜ。土方さんが小便してる間に、厠の外からちっさい声で言っときやした」
「伝える気ゼロ%じゃねーか!」
「まあ、トシ」

ここで近藤が間に入る。確かにどう考えても無茶苦茶な話である。誰かが鬼の役をやらなくてはいけないとしても、これはあまりにも不公平というものだろう。
だがしかし。

「来年は別のヤツにやってもらうから、今年はお前がやってくれるか?」
「近藤さん!」
「山崎、頼むなー」
「ハーイ」

どこからともなく現われた山崎は、あらがう土方を巧みにかわし、準備を整えていく。ぴょっこりと生えた鬼のツノ。発泡スチロールの金棒。ズボンの上からではあるが、虎柄の腰巻。

「副長、良く似合いますよ」
「いや、嬉しくねェんだけど!」
「あ、あとコレ掛けてくださいね」
「……何だコレ」
「サバイバルゲーム用のゴーグルです。目に当たると危ないですから」
「オイ。危ないって、待てェ!」

そうこうする間に、豆を撒く側も準備万端。

「それじゃそろそろだな」
「鬼は鬼らしく祓われて、副長の座を俺に譲りなせェ」
「それしか言えないのかテメー!」
「トシ、いくぞー?それじゃあ、始めェェェ!」

バシバシバシバシバシ!
 
「痛ェ!ちょ、マジかよ、オイィィィィ!」

みんな全力で投げる投げる。たかが豆、されど豆。さすがは鍛えられた隊士たち。豆がまるで弾雨のように降り注ぐ。鬼の副長といえども、慌てて逃げ……もとい戦略的撤退に掛かる。それを見た各隊の隊長の声が上がる。

「三番隊」「十番隊」「七番隊」「九番隊」「四番隊」
 「五番隊」「八番隊」「六番隊」「二番隊」「一番隊」

「「配置に付けェェェ!」」

「なっ!演習か?俺ァ標的かよコノヤロウ!」

各隊、隊長の指揮の下、あっという間に土方包囲網を作り出す。裏庭、表門、裏門、屋内、塀の上。豆を構えた隊士たちが土方の前に立ちはだかる。そして、真っ正面から攻め込むは、沖田率いる一番隊。豆を片手に沖田がニヤリと笑う。

「だらしがねぇなァ、土方さん。豆を斬り払って避けることくらいしてくだせぇよ」
「五ェ門でも出来るかァァァ!」
「あーあ、幻滅ですぜ。土方さんはそんな程度だったんですねィ。だから桂に逃げられるんですぜ。知ってますかィ、アンタ鬼の税金泥棒としても名高いんですぜ」
「だったらテメェに出来んのか!誰か、斬鉄剣持ってこいィィィ!」


そんな様子を少し離れたところで見守っていた近藤と山崎。

「あの……局長」
「なんだ?」
「コレ、誰が片付けるんです?」

屯所内には撒かれた豆が散らばっている。散らばっているだけならまだいい。それが踏まれ、粉々となって汚らしい有り様である。オマケに障子は全て全滅。豆の攻撃に晒され、今はもう木の桟だけになっている。

「もちろん、みんなでに決まってるだろう」
「まあ、そりゃそうなんですけど……障子、正月に貼り替えたばっかりなのに……」

それから間もなく。
鬼の断末魔が屯所中に響いた。

俺はやるなら恵方巻きのほうが良かったなぁ by山崎

2007.02.03

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