午後のワイドショーを見終わって、ふと気付けば万事屋の中は静か。銀ちゃんが出掛けたのは知っているが、新八はこの家の中にいるはず。すっかり雑用役が身に染み付いたメガネはどうせ掃除でもしているのだろう。
台所に食べる物はないかと行ってみれば、割烹着姿の新八が何やらやっている。
「何してるアル?」
「ああ、神楽ちゃん。ちょうど良かった。呼びに行こうと思ってたんだ。ちょっと手伝ってくれる?」
「おやつでも作るアルか?」
机の上にはボールと白い粉。もしかしたら、ホットケーキでも作るのかもしれない。私がそう言うと、新八が笑って言った。
「違うよ。どんど焼きのお団子を作るんだ」
「ドンド焼きって何アルか?美味しいネ?」
「そっか、神楽ちゃん、どんど焼き知らないんだ」
余裕ヅラがムカついたので、とりあえず一発殴っておいた。喚くが無視。
「ったく、もう。どんど焼きってのはね、小正月の行事なんだよ。十四日の夜か、十五日の朝に、お正月に飾った注連飾りや門松を集めて燃やすんだ。その火で焼いたお団子を食べると、一年間風邪を引かないって云われてるんだよ」
「一年間アルか!凄いネ!」
「まあ、本当に効くわけじゃないんだけどね。でも、ほら、去年の冬は三人揃って風邪引いちゃったでしょ。だから、毎年のことだけど、今年は特にね」
「面白そうネ!新八、さっそく作るアル!」
ボールに上新粉と水を入れ、手でよく練る。少しずつもちもちと纏まってきた。
そうしていると玄関の開く音が。
「ただいまー。お、神楽がやってんのか」
「お帰りなさい。遅かったですね。もしかして、売り切れてました?」
「違げぇよ。知り合いに山持ってるじーさんがいるもんで、貰ってきた」
「そんな丁度いい木あります?」
「毎年、売る用に作ってんだ、そこのじーさん」
「へぇ」
私には何の事だかさっぱり分からない。
「お団子は木の棒に刺して焼くんだよ。見れば分かるから説明は後回しにして、まずはお団子を作っちゃおうか」
「どれくらいの大きさにすればいいアルか?」
「そうだね……ピンポン玉一個半ってとこかな。真ん丸じゃなくて、どら焼みたいな形にしてくれる?あ、そうそう、その前に四つに分けなきゃ」
「どうしてアル?」
「白だけじゃ寂しいから、色付きも作ろうと思って。神楽ちゃん、ピンクと緑と黄色、どれがいい?」
「ピンク!絶対ピンクがいいネ!」
「決まりだね。銀さんはどっちにします?」
「え?俺もやんの?」
「当たり前でしょう」
「んー、じゃあ緑」
「それじゃ、僕は黄色。あと白も」
四つに分けた生地に赤い粉をほんの少しだけ入れた。どう見ても生地の量に比べて少ない。これでは桜の花より薄いピンクになってしまう。そう言うと、銀ちゃんがにやにやとしながら言った。
「神楽、混ぜてみ」
「これじゃ、白と変わらないネ………………え、銀ちゃん?!ピンクになったアル!」
始めは白かった生地が、混ぜるとみるみるまにピンク色になっていくのに驚いた。私の髪よりちょっと薄いピンク色になっている。
「ほんのちょっとで大丈夫なんだよ、これ。もっとたくさん入れてたら、真っ赤になってたよ」
「マジでか」
「じゃあ、お団子は……銀さん、何本貰ってきました?」
「三本。だから九つあればいいんじゃねーかな」
「それじゃ、神楽ちゃん。大きいお団子を二つ作ってくれる?そしたら、残りは一口くらいの大きさで全部丸めて作っちゃってね」
「小さい方も焼くアルか?」
「ううん。お団子は一回蒸すんだけど、小さいのはそのまま食べる用。お醤油やきな粉を付けて食べると美味しいんだよ」
ここで目を輝かせたのは銀ちゃんだ。きな粉の糖分が目当てなのが、見え見えだ。けれど、私も食べたいのは一緒だ。
「神楽!作るぞ!」
「おう!」
「……アンタねぇ」
新八の呆れ声もなんのその。三人で作ればあっと言う間だ。こういうのが意外と得意なのは銀ちゃんで、新八が作る予定だった白のお団子まで作ってしまった。しかも、綺麗に出来上がっている。それに比べて私が作ったのは形が不揃いで、あまり面白くない。けれど、味は一緒だからとりあえず良しとしておこう。
新八がまず大きいお団子から蒸してくれた。そのお団子を持って玄関へ向かう。銀ちゃんが持って来たという木が立て掛けられていた。長さは銀ちゃんの背と同じくらいだ。
「先が三つに分かれてるだろ?あそこに刺して、アルミホイルを巻くって訳」
「はい、アルミホイル」
「「さすがメガネ」」
「メガネは関係ないでしょ!」
そうこうしている間にも出来上がっていく。アルミホイルで巻かれたお団子をくっ付けた木の棒はあんまりカッコ良くないなとか思った。
「これで完成アルか?」
「うん、あとは持って行って焼くだけ。何時点火だったかな」
「五時に火ィつけるってめ組のやつが言ってたぜ。七時で終わりだと思ったけどな」
「じゃあ、六時くらいにここを出ようか」
「うん!」
「それより、団子食おうぜ、団子」
「ハイハイ」
台所に戻る前に、玄関に立て掛けられたお団子を見た。
地球に来てからもう二年も経つのにまだまだ私の知らないことがたくさんある。
* * *
万事屋を出た時には、辺りは既に真っ暗になっていた。まだまだ寒い冬の夜。マフラーや手袋をして、広場へと向かう。私たちと同じように、お団子を刺した棒を持った人がちらほらいた。
「みんな、どんど焼きに行く人アルか」
「そうだね。大体町内ごとにやるから、神楽ちゃんの友達も来てるんじゃないかな」
着いた先の広場に当然照明なんてものはなく、暗い中に赤々と燃える火と、その火の周りを囲む人たちが赤く照らされているのだけが見えた。火に近付くと思っていたよりも熱い。顔など前面には熱を感じるが、背中には冷たい風が吹いていく。
「神楽、言っとくけど、間違っても火のど真ん中に突っ込むんじゃねーぞ。あそこら辺、端の火が燻ぶってる所にしろよ」
「お団子が焼ける前に、木が燃えちゃうからね」
「バカにしてるアルか。それくらい分かるネ」
要するに焼き芋と同じでいいんだろう。
「そうだ、神楽ちゃん。どんど焼きの火でね、書き初めを焼いてそれが高く上がると、字が上達するって云われてるんだよ」
「上がらなかったら?」
「自分で頑張れっつーことじゃねーの」
「ふーん」
パチパチと火の爆ぜる音と、声を潜めたおしゃべり。それとうるさく広場を走り回るガキどもの声。私はそんなお子様とは違うから二人の側でじっとしている。お団子の向きを変えたりしていたら、火の向こう側によっちゃんの姿が見えた。私には気付いていないようで、母親の隣で同じようにお団子を焼いている。いつもは小憎らしいツラをしているよっちゃんが、いやに神妙な顔をしてるのが、なんだか可笑しかった。
「そろそろ焼けたんじゃない?」
新八に言われて棒を引いたら、三つのはずのお団子が二つしかなかった。
「どうしよう!お団子が取れちゃったアル!」
「あーあ、残念だったな」
「これじゃ駄目アルか?」
「んなことねーよ。よくある事さ。ちょっと待ってろ、取ってやるよ…………アチッ!」
「何やってんですか。はい、軍手。スーパーの袋も持って来たんで入れてください。煤で汚れますよ」
「「さすがメガネ」」
「だからメガネは関係ないって言ってんでしょ!つーか、銀さん、アンタ何年生きてるんですか」
「心は少年」
「頭も少年じゃあ、どうしようもないでしょう」
「お前なぁ!」
「神楽ちゃん、バカは放って置いて、あったかい内にお団子食べよっか」
「うん」
銀ちゃんが取ってくれたお団子のアルミホイルを剥いて齧り付く。きな臭さと、外は熱いくせに中は生ぬるいわで、これなら家でお醤油を付けて食べた方が美味しいなと思った。見れば、銀ちゃんも新八も一口しか食べてない。
「あんまり美味しくないアル」
「別に一口でも食べれば十分なんだよ」
「これでこの一年間風邪を引かないアルか」
「うん。でも、帰ったらちゃんと手洗いとうがいしなきゃ駄目だよ」
「ハーイ」
「無事に団子も焼けた事だし、帰っか」
広場を出ると暖まった体が、瞬く間に冷えていく。同じように帰る人もいれば、今から広場へ向かう人ともすれ違う。新八の手にぶら下がったスーパーの袋がガサガサと音を立てていた。
「僕、一個貰って帰りますね。姉上、今日仕事だから」
「一応、ババァとキャサリンにも持ってってやるか。風邪なんて引きそうにもねぇけどな」
「でも、これでみんな医者要らずネ」
そう言ったら、銀ちゃんも新八も笑った。
まず向かうはスナックお登勢。何だかんだ言って二人とも喜んでくれるに違いない。
温かい、暖かい。
2007.01.14