真選組屯所。見廻りを終え、部屋に戻った土方の後ろにそろそろと近付く黒い影。
「――…or treat?」
「ああ?」
――ヒュッ!
振り返った瞬間、目前まで迫った刃を土方は間一髪で避けた。ぱらぱらと髪の毛が数本畳の上へと落ちる。
「ななな、何しやがるんだテメー!」
怒鳴る土方だが、刀を振り下ろした当の本人、沖田はしてやったりとばかりに、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そりゃあ、俺のセリフですぜ、土方さん。黙って俺の刀を受けなせェ」
「ふざけんな!大体なんだ、その妙ちきりんなカッコは!」
「ハロウィンでさァ」
「ハロウィン?」
「さっきも人が「トリック・オア・トリート」って言ってんのに、土方さんがお菓子くれないから、ちょいとイタズラさせてもらっただけでさァ」
「アホかァァァ!明らかにイタズラの範囲超えてるだろーが!んな、ハロウィンやってたら、そこら中、血の海になるわ!」
「それもまた一興」
「オイ!」
「冗談に決まってるじゃねーですか。まあ、この恰好にはぴったりかもしれやせんがね」
「そういや、何のカッコだ、そりゃ」
沖田は、長いシルクハットに丸眼鏡。それに、尖ったつけ耳にいやに膨らんだ白衣のような服を着ている。分かる人には分かるこの恰好。
「Dグレの千年伯爵でさァ」
「人類滅ぼしたいってか」
「そうそう、まずは手始めに土方さんから」
「テメェがまず死ねェェェ!」
「トシ?」
障子がガラリと開いた。
「近藤さん!総悟のヤツがまた」
振り返って土方は絶句した。
「……近藤さん、アンタ何やってんだァァァ!」
「え、フランケンシュタイン」
そう、本来土方と一緒に沖田を叱るべき近藤は「フランケンシュタイン」の扮装をしていた。隣の山崎は包帯をぐるぐると巻き「ミイラ男」になっている。
「結構、メイクに時間が掛かってなー」
「俺も包帯巻くの、結構めんどくさかったんですよねー」
「仮装すんのは子供だろーが!いい歳こいた大人がやってんじゃねェェェ!」
「まあ、いいじゃねぇか。細かい事だろ」
「全っ然良くねェ!細かくもない!」
ここで沖田がニヤニヤと嫌な笑いをしながら、近藤に近付く。
「近藤さん、土方さんまだ仮装してませんよねェ」
「そーだな」
「オイ」
「実はこんな事もあろうかと、俺の方で用意しておいたんでさァ」
「そりゃあいい!」
そう言って沖田が持って来た物は、いわゆる“猫耳(しっぽ付き)”であった。
「不吉の象徴、黒猫ですからねェ。ハロウィンにはピッタリでしょ」
「テメェの持ってるヤツは何かぜってー違う!」
「何言ってるんでさァ。コレを付けりゃ、その筋のお姉様方が大喜びしますぜ」
「その筋ってなんだよォォォ!山崎ィ!このバカ斬れ!俺が許す!」
「いやいや!無茶言わないでくださいよ!」
土方にとって非常に残念なのが、近藤もノリノリであるということである。そうなると、この場を抑えられる者が誰もいない。
「ってな訳で、トシ!」
「観念してくだせェ!」
「副長スミマセン!」
「「「Trick or treat?」」」
三人が満面の笑みで土方に迫る。
「山崎ィ!トシの足押さえろ!局長命令だ!」
「テメェ!覚えてろよコノヤロウッ!」
「局長命令なんです!勘弁してくださいィィィ!」
さすがに三人が相手では土方といえども、逃げられなかった。手足を押さえられ寝転がされてしまう。傍目からするとかなりアブない状況に見えないことも無い。
「つーか仕事しろって……やめっ」
「ほーれトシ」
「あはははは、やめ、苦し」
「こちょこちょ〜」
「副長、足の裏くすぐられるの弱いんですね」
「うっせ!ははは、いい加減しろ!」
「土方さん、止めて欲しかったら大人しく猫耳を付けなせェ」
「わかった!くすぐってェ!付ける、付けるから!」
「確かに聞きやしたぜ!」
そうして土方は屈辱の猫耳+しっぽ姿に。恥ずかしさのためか、顔が少し赤い。
「テメーら!ただじゃ済ませねェからな!」
「そんな恰好で言われてもなァ?」
「まあ、そうですねぇ」
「あ、土方さん、今日ずっと着けててくだせぇよ」
「はぁ?ふざけんな!」
「いや、良く似合ってるぞ、トシ」
「そういうことじゃなくて…………もういい、頼むからさっさとどっか行ってくれ」
幸い後はもう書類処理だけで、この恰好で屯所内を歩き回る必要はない。というか、三人揃ってあの恰好でうろうろしているのかと思うと、頭痛を覚える土方だった。
「そんじゃあ、取っちゃ駄目ですぜ、土方ニャンコ」
「さっさと消えろーッ!」
ぴしゃりと障子を閉め、沖田たちを追い出した土方はさっそく猫耳を取ろうと手を掛けた。が、ふと気配を感じ振り返ると、細く開けられた障子の隙間から三人がこちらを覗いているのに気付いた。仕方が無いので、もの凄く不満ではあったがそのままの姿で仕事を始めた土方だった。
それから少し後のこと。
「副長、ちょっといいか?」
「原田か、入れ」
土方は書類に目を落としたままだった。
「……副長、随分と可愛いカッコしてんな」
「ッ!!こ、これは総悟のヤロウが!」
仕事に集中していた土方は、自分が猫耳を付けているのをすっかり忘れたまま原田を部屋に入れてしまった。慌てた土方が見たもの、それは。
「ジェイソンーッ?!」
そう、原田はホッケーの仮面にチェーンソーでお馴染みのジェイソンの恰好をしていたのだった。
「お前、何やってんだよ!」
「アンタに言われたかねぇよ」
「う」
土方の脳裏に嫌な想像が浮かぶ。
「オイ、まさか、まさかと思うが屯所内みんな仮装してんじゃねーだろうな」
「ああ、魔法使いとかオバケだとか色々してるぜ」
「そ、そうか……」
いつも騒がしく賑やか過ぎる真選組だが、今度ばかりは本気で局中法度の改定を考えた土方だった。
ハロウィーン!
2006.10.22