七夕

今にも朽ち果ててしまいそうな小さな廃寺。それが銀時たちの今の拠点である。ここ暫く天人たちの動きも静かで、銀時たちは束の間の休息を得ていた。

堂内には三人しかいない。桂は一人黙々と刀の手入れに余念がない。またすぐ来るであろう天人に備えてのことだろう。しかし、そんなことをしているのは桂だけで、銀時は床に寝っ転がっているし、高杉も壁にもたれ掛かって座り、酒を煽っている。普段ならば皆の士気に関わると口煩く言う桂だが、流石に久々に体を休める二人に怒鳴ったりはしなかった。そのため、なんとも静かなものである。
しかし、その静かさも長くは続かなかった。扉の向こうから足音が聞こえた。桂は身構えたが、すぐに聞き覚えのある笑い声がした。

「アッハッハッ。すまんが手が塞がっとるき、開けてくれんかー」

その声に桂は身体の力を抜いた。

「坂本か。相変わらずうるさい奴だ」

しかめっ面しながらも桂は扉を開けてやった。すると、坂本は笹を抱えて入ってきた。その様子に銀時が起き上がる。高杉も目だけ向けた。

「なんだ辰馬、そりゃ」
「ん?笹に決まっちょろーが。見て分からんか?」
「んなこたァわかってんだよ!だから何でそんなモン持ってきてのかって聞いてんだよ!」
「何って七夕に決まっちょる。今日は七月七日、七夕様じゃからなー。ほれ、短冊も用意しちょるんじゃ」

そう言って懐から出して見せた。楽しそうにする坂本に対し、銀時と高杉は呆れ顔である。確かにこのご時世、七夕などとのんきな事を言っている状況ではない。しかし、桂だけは神妙な顔つきで見ている。

「ふむ。たまには良かろうよ。坂本、短冊を一枚くれんか」

それに驚いたのは銀時である。

「なんだァ、ヅラ?いつもなら「この非常時を何と心得ておるのだ!」とか言うくせによォ……高杉、何だよコラァ」
「似てねぇ」
「うっせぇ」

小突き合う銀時と高杉を見ながら、桂は薄く笑った。

「そのモノマネはともかくな、こんな時だからだ。願掛けというのも悪くないだろう?」

桂の言葉に銀時は厭そうな顔をした。祈るだけでは叶わないと知っているはずのこの男が、何故そんなことを簡単に言えるのか理解できなかったのだろう。

「桂ァ、この世にゃ神も仏もねぇんだぜ?」
「そんなこと百も承知だ。気休めに過ぎんさ」

不機嫌そうに言う銀時に桂は笑って答えた。
そんな桂に、余裕がないのは俺かと銀時は肩を竦めた。

「ったく仕方ねぇな。オイ辰馬、俺にもくれ」

そう言って坂本から短冊を二枚もらい、一枚を高杉に押し付ける。高杉は銀時を睨みつけた。

「……テメーなァ」
「いーじゃねぇか。お前も付き合えよ。どうせ気休めなんだからよ」

てっきり突き返してくるかと思いきや、意外にも高杉はそのまま受け取ったままだった。
四人は揃って願い事を書き始めた。


  * * *


一番初めに書き終えた坂本が、同じく書き終わった銀時に話し掛けた。

「銀時ィ、おんしゃあ何と書いたがか?」
「んー、俺はやっぱりコレだろ」

その短冊には、 ≪糖が摂れますよーに≫ とでかでかと書かれている。
大の甘党の銀時らしいと坂本と桂は笑った。しかし、ただ一人笑わずにいた高杉はふいに立ち上がると銀時の短冊を奪い取った。

「何すんだよ、高杉」

高杉は銀時の短冊の表面をじっと見ていたが、にやりと笑った。

「銀時ィ、下書きの線が残ってるぜェ?」
「な、オイ!やめろって!」

しかし、高杉は慌てる銀時を無視して、その跡を読み上げる。

「――仲間をこれ以上失いませんように、か」
「高杉ィィ!」

銀時は高杉から短冊を取り返すと、本当の願い事を知られたのは余程恥ずかしかったのか、そっぽを向いて座ってしまった。けれど、高杉は悪びれた様子もなく、相変わらずのにやにや笑いを浮かべている。

「いいんじゃねえの?それがお前の願いならよォ」

からかうどころか寧ろ後押しするような言葉に、銀時は驚いて高杉を見た。

「……そういうお前はなんて書いたんだよ」
「俺か?」

そう言って見せた短冊には、

≪敵をさっさと始末出来るように≫

と書かれていた。
それは銀時の下書きと同じ、リアルな願い事。

「だからお前はバカだっつってんだよ」

にやつく高杉にバカなどと言われれば、普段ならば即座に口や手が出るが、今はただ呆然としていた。
そんな二人のやり取りを桂と坂本は黙って見ていたが、話の終わりを見計らって声を掛けた。

「おんしらはホントに仲がいいのー」

坂本の言葉に二人とも嫌そうにする。

「んなことあるか。なあオイ?」
「全くだ。それにコイツと喋ってると天パが移りそーだしなァ」
「なんだとコラァァ!お前にこの天パの苦しみがわかんねーだろォォ!」
「アッハッハ。やっぱり仲良…」
「もういいっつーの!で、テメーはなんて書いたんだよ」
「わしゃコレじゃ」

≪仲間が無事でありますように≫

坂本は短冊を見せながら少し寂しげに笑った。

「人間、いくら無駄だと思っていても願わずにはいられんもんじゃな」

すると今度は桂が坂本の短冊を取り上げた。

「“仲間が”ではお前が入っておらんではないか」

そう言うと仲間にという文字の横に、坂本、と書き足し、短冊を坂本の手に返した。坂本はその短冊を繁々と見つめると、今度はにっこりと笑った。

「すまんな、桂」
「ふん、別に礼などいらん。俺はコレだ」

そう言って見せた札には綺麗な字ではっきりと書かれていた。

≪天人からこの国を救い、早く戦争を終わらせることが出来ますように≫

それは銀時たちの願いの大元であり、戦争の終結はこの国の誰もが望んでいることであった。
銀時は三人を見ながら何か考えている様子だったが、べったりと床に突っ伏してしまった。

「どうした銀時」
「あのさぁ……短冊書き直してもいいかァ?何か俺だけカッコ悪いじゃん!」

確かに銀時の短冊は≪糖を摂りたい≫なのだ。まさか他の三人が、そんな真面目な願い事を書いてくるとは思わなかったのだろう。銀時は何ともいえない表情を浮かべている。それを見て桂は苦笑を浮かべた。

「好きにしろ」
「ほれ」

坂本から新しい短冊を貰うと、さっきとは少し違うことを書いた。

≪仲間を守ることが出来ますように≫

それは願いでもあるが、改めての決意でもあった。

その後、短冊を飾り終えると外へと持って出た。いつの間にか空は暗くなっており、雲一つ無い星空であった。牽牛と織姫も天の川で出会えたに違いない。
四人は暫くの間、何も言わずただ空を眺めていた。

宙へ消える願いと知りつつも。

2006.07.07

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