罪と笑顔

「こんにちはー。鉄子さんいらっしゃいますかー?」

表で声がしたので、作業の手を止め玄関へ向かう。
声の主は万事屋のメガネを掛けた少年だった。手にはスーパーの袋を提げている。

「こんにちは。…新八、君?」
「お久し振りです。ちょっと買い物のついでに寄ったんですけど、元気にしてるかなって思って。お邪魔でしたか?」
「そんなことにない。もしかして…わざわざ?」
「いや、帰り道なんですよ」

彼は笑っているが、どう考えても大江戸マートと万事屋や道場までの道からは私の家は外れている。やはり回り道をして寄ってくれたのだろう。
家に上げると、彼は物珍しそうに作業場を見ていた。

「銀さんの怪我は」
「え?ああ、もう全然大丈夫ですよ。あの人わりと怪我の治り早いですから。それにもう結構経ちましたし」
「そうだね」

紅桜の事件から既に数ヶ月が経っていた。
結局、兄の名前が出ることは無く、警察が家にやってくる様子はない。刀鍛冶の仕事も父や兄のようにはいかないが、生計が立つ程度にはやっていけている。今のところ平穏無事な暮らしだと言っていい。しかし、その平穏さが逆に後ろめたさを感じさせる。

「新八君は私を恨んでないのか」
「鉄子さんを?」
「私は兄のことを知りながら、何もしなかった。もし、私が奉行所にでも知らせていれば、紅桜で亡くなる人もいなかったし、銀さんだって新八君だってあんな目に遭わなくて済んだんだ」
「……言われてみれば、そうなのかもしれないですけど、鉄子さんを恨む気なんて全然ないですよ」
「何故?私は兄が罪人として捕まるのを見るのが嫌だったんだ!だから……!」
「僕も人のことは言えませんよ」
「え?」
「あの時、高杉たちと戦っていた攘夷志士の人たちがいましたよね。あの人たちをまとめている桂って人を知ってますか?」
「……名前だけは」
「僕らはあの人をよく知っています。詳しくは知りませんけど、銀さんの……戦友なのかな。あの人が起こしたテロのせいで何の関係の無い人が亡くなっています。僕らも強引に共犯にされて捕まるところでした。少なくとも、いい人だなんていえる訳がないんです」

知り合いだと言いながら、容赦の無い言葉。

「でも、僕は奉行所や真選組に桂さんのことを教えるつもりはありません。なんでかって、やっぱり捕まってほしくないから。色々やってるはずなんですけど、なんか憎めないんですよね、あの人」

苦笑を浮かべるその顔には温かな親しみがこもっている。

「確かに鉄子さんは言うべきだったと思います。けど、僕にそれを責める資格はありません。それに、僕や銀さんにだったら気にしなくていいですよ。それは僕らが選んだ事ですから」
「……強いんだな」
「そんな事ありませんよ。いっつも終わってから、ああすれば良かった、こうすれば良かったって後悔してばっかです」
「そうか」

新八君の力強い笑みに、さっきまでの鬱々とした気持ちが晴れていくのが分かる。もちろん私の罪が消えるわけではないけれど、ただ罪悪感に怯えているだけでは駄目なのだ。それでは今までの私と何も変わらないのだろう。
夕飯の支度があるから、と帰る新八君を玄関まで見送る。

「今度万事屋に遊びに来てください。銀さんもきっと喜びますよ」
「うん、ありがとう」

私は強く生きていきたいと思う。彼らとはいつも笑顔で会えるように。

罪深いとは知りながら。

2006.04.30

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