それは多分、少しばかり昔の夢を見たせいだ。
「新八さぁ、俺の昔の事とかって聞きたくねーの?」
言った瞬間後悔した。そんな事を言うつもりなんてこれっぽっちも無かった。
今は俺と新八だけで、静かな事務所。いつものように掃除をしていた新八が振り返る。
「聞いて欲しいんですか」
感情のこもらない声。何も感じていないような新八と目が合う。てっきり知りたいだろうと思っていたのに、予想外の反応に俺は返答に困る。新八は雑巾を脇に置いた。
「そういえば銀さんの口から直接そういう話って、聞いた事ありませんでしたね」
当たり前だ。いくら俺がかつて白夜叉なんて呼ばれてたことを知られていたとしても、新八や神楽に何をやってきたかなんて事細かに話したくなんかないし、訊かれたくもない。そんな俺にウチの聡い二人の子供はちゃんと気付いてて、一度だって訊いてくることは無かった。
俺はそんな二人を分かっている筈だった。なのに、なんて愚かな質問をしたのか。
「……悪りぃ、忘れてくれ」
なんて狡い大人。暗黙の内にあったタブーを自ら破るようなマネをしておきながら、その重たさに新八を独り置き去りにしたまま逃げ出そうとしている。それでも新八は今まで通り知らん振りをしてくれるだろうと見込んで。
「……別にいいですよ」
新八の表情から感情は読めない。怒っているのか、呆れているのか。もしかしたら、こんな俺を憐れに思っているのかもしれない。
「あー、その、新八」
「興味が無い訳じゃないけど、聞こうとは思わないし」
俺の言葉を遮ってはっきりと言う新八に、少しだけ淋しさを覚える。所詮は赤の他人でしかないのだと、ありありと突きつけられたようで。そんな俺の内心を知ってか知らずか、新八は溜息をついた。
「そんなのいちいち聞かなくたって、今の銀さんの中には昔の銀さんもいるんでしょう?だったら今の銀さんを見てれば十分じゃないですか」
迷い無く言い切る新八。俺はハッとさせられる。新八は少し困ったような表情を浮かべた。
「…アンタが僕たちの前でそういうトコ見せたがらないのは重々承知です。あんま無理しないでくださいよ。見てるこっちがしんどいから」
俺は分かっている様で、何にも分かっちゃいなかった。仲間を護る。そう言いながら、その前にこんなにも優しく護られている事に。
「……ありがとな」
今更、照れ臭くってこれだけしか言えないけれど、精一杯の感謝の気持ちを込めて。
今までも、これからも。
……なんて俺の気持ちをよそに。
「言葉より給料ください」
「オイィィィ!銀さんが感動してんのに、なんだよ!そりゃあ!」
「給料未払いの人間が何言ってんですか!アンタの飯抜いて僕らの給料に回してもいいんですよ!」
ああ、これだけでもういつも通り。
最後まで新八の世話んなりっ放しで、情けないったらありゃしない。
けど、それはそれで幸せだなんて思ったり。
聡明な子供と臆病な大人。
2006.04.20