仕事帰りの二人

空も薄っすらと明るくなり始め、そろそろ人も起き出そうという時刻。
人気の無いかぶき町の通りを歩く人影二つ。
一人は長い前髪で目まで隠れているあごひげを生やした男。もう一人は眼鏡を掛けた、髪を背中まで伸ばした女である。二人はお互いの姿を認めると足を止めた。
先に話し掛けたのはあごヒゲの男の方だった。

「仕事の帰りか」
「そうよ。全蔵こそ今帰り?」

男の名は服部全蔵。女は猿飛あやめ、通称さっちゃん。二人とも元お庭番衆のエリート忍者である。開国後は忍者という技能を生かし、全蔵はフリーの雇われ忍者。さっちゃんは始末屋、要するに殺し屋をやっている。
全蔵はつまらなそうに言った。

「お偉いサンの屋敷の警護だ。まあ、俺を雇うくらいだ。裏でロクでもねーことやってるんだろうがな。そのうち、お前に仕事の依頼が入るかもな」
「今の所はそういう話は来てないわね。ま、楽しみにしておくわ」

先日、同じような内容の仕事で二人は対峙している。一方は雇い主を守る者。一方はその命を奪う者。相対すれば、どちらかが必ず仕事を失敗することになる。しかし、そこはお互いプロの忍者。恨みを抱くようなことはもちろん無い。
と、全蔵が僅かに眉を顰めた。

「それよりお前、その血の臭いどーにかしろよ。臭くって敵わなねぇ」
「仕方ないじゃないの。仕事なんだもの」

さっちゃんは小さく肩を竦めた。幕府関係者からの依頼で、ついさっき殺しを終えて来たばかりなのだ。毒殺などの手段もあるが、さっちゃんは直接仕留めることが多かった。
全蔵の左腕へと目をやったさっちゃんは、少しだけ不思議そうな顔をした。

「…あなたらしくないわね」
「うるせーな」

怪我をしている事を気付かれた全蔵は、チッと舌打ちをした。
傷自体は大したことはないのだが、傷を受けたということ自体が全蔵には腹立たしかった。ましてや、それを目の前の女に気付かれたのだから尚更である。全蔵の心中を知ってか知らずか、さっちゃんはそれ以上追及しては来なかった。

「それじゃあ、私そろそろ行くわ。午後からバイト入ってるし」
「そりゃあ、大変なこった。俺はジャンプでも買いに行くかな」

全蔵はあくびを一つすると「じゃあな」と言って歩き出した。さっちゃんはその後ろ姿をチラリと見て、そのまま家路についた。
そんなとある日の朝。

夜の終わり。

2006.03.21

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