指名手配犯になって、はや数ヶ月。初めの頃は警察の目を掻い潜りながら、子供相手にカラクリのおもちゃを売っていたが、ほとぼりが冷めてきた頃から、家電製品の修理などをして金を貯め、やっと住居兼店を持った。裏通りの小汚い店。お尋ね者にしては上々だろう。
今日も店先で修理の仕事をしていると、ふらりとあの男が現れた。
「よう、元気にしてたか、ジーさん」
「てめぇ……」
銀色の髪をした、死んだ魚のような目をした男。お登勢が連れて来た万事屋で、見た目通りにふざけた野郎だ。
しかし、あの祭りの日、俺はこの男に助けられた。
銀髪がニヤリとした。
「心配すんな。今更、警察にタレ込む気はねーよ」
「そーだろな。じゃねえと、テメーも逃亡幇助で捕まるな」
「オイィィ!ちょっと待てぇ!何?銀さん売る気ィィ?!」
「冗談だ」
もちろん、捕まってもコイツの名前を出す気は無いが、バレれば即逮捕されるだろう。
何せ、将軍さまを狙った凶悪犯を助けたのだから。
銀髪はぐったりとして溜息をついている。
「……正真正銘の指名手配犯が笑えねーよ」
「で、てめーは何しに来たんだ」
「ん?店開いたって聞いたもんだから、開店祝いにな」
その手には一升瓶。酒は嫌いではない。
「……上がってけ」
「おお」
ヤツは満足そうに笑った。
* * *
「しっかし、汚ねーな。足の踏み場もねーじゃん」
狭い部屋の大半はカラクリの部品で埋まっている。俺の大事な商売モンだ。
「文句があるなら帰れ」
「冗談だっつーの」
ゴチャゴチャとした中に辛うじてスペースを空け、コップを二つ用意した。酒がなみなみと注がれる。久々の酒だった。
「…てめぇにはまだ礼をいってなかったな」
俺がそう言うとヤツは、へっと鼻で笑った。
「別に礼なんていらねーよ。言ったろ、俺は俺の筋を通しただけさ」
「それでも俺は救われた」
息子は幕府の手によって処刑された。
自分のせいで息子が戦へと出て死んだのだと思いたくなかった。天人に屈し、息子をあっさりと見捨てた幕府が悪いのだと憎み続けた。だから、仇を討ちたくないかと言うあの男の言葉に乗った。三郎もあの世で喜んでくれる、そう思って――。
――嘘だ。将軍が死のうが天人が死のうが、もはや何の意味も持たない。そんな事はとうの昔に分かっていた。分かっていたが嫌だった。自分のせいで死んだ息子のために、父親として何かをしたのだという証明をして死にたかった。
しかし、それは叶わなかった。コイツのお蔭でそれは間違っているのだと、やっと受け入れる事が出来たから。俺はこの男に本当に感謝している。けれど、礼は断られてしまった。
言葉の代わりに俺は銀髪のコップに酒を注いだ。
俺はふと、思い出す。この前、最後に飲んだ酒はコイツとではなかっただろうかと。
「なあ、一つ聞いていいか?もう二度とは聞かん」
「何?」
早々とコップを空けた男が訝しげに訊いてくる。
「……仇を討とうとは本当に思わんのか」
「二度目じゃねーか!」
「だから、三度目は無い」
「……ヘリクツ言いやがって」
そのまま暫く黙っていたが、やがて銀色の髪をガシガシと掻きながら言った。
「言うつもりは無かったんだけどなぁ、ジーさんに声掛けてきたヤツ……高杉晋助な。実は昔、仲間だったヤツなんだ」
俺は息を飲んだ。だとすれば、コイツも最悪の戦場に身を置いていたのではないか。前に大した事はなかったと言っていたが、そんな訳はない。
銀髪は寂しげに先を続けた。
「昔は高杉もあんなんじゃ無かった。俺と一緒に馬鹿な事ばっかして……楽しかったよ。けど、アイツは変わっちまった。まあ、分かんなくはないんだけどよ」
「……お前」
銀髪は自嘲気味に唇を歪めた。
「俺だって天人や幕府を憎んださ。今でも本当は高杉たちと同じなんじゃねえかと自分自身を疑うことだってある。けどなぁ、それ以上に俺は何かを護ってやりてぇんだ。それが俺の武士道なんだ」
そうはっきりと言う銀髪を前に、俺は言葉が無かった。
俺から見ればまだ若造にしか見えない男に比べ、ただ憎しみに凝り固まっていた自分が改めて情けなく思った。
「……すまなかったな」
「謝る必要もねーよ」
銀髪は表情も変えずに言った。
「そうか」
再び俺は酒を注いだ。
後は他愛もない話をしながら、ちびりちびりと酒を飲んだ。
久々に楽しい酒だった。
* * *
外は夕暮れ。
「よっ…と、そんじゃ帰るわ」
お互い危なっかしい足取りで外へと出る。
「オイ」
「何?ジーさん」
「お前の名前は」
「……前に名乗らなかったか?まあいいや。坂田銀時、覚えとけコノヤロー」
「そうか。じゃあな、銀の字」
なんて事は無い。昔、俺は仲間内で『源の字』と呼ばれていた。それだけだ。
銀の字は驚いた顔をしたが、すぐに笑った。
「またな。ジーさん」
「おお」
夕暮に消えてゆく銀の字の後ろ姿。
「三郎…俺ァあいつの言うとおり長生きしてみるよ」
そうすれば、俺はあの世でお前に会えるだろうかと思いながら。
祭りの後から源外さんが「銀の字」という呼び方をするまで。
2006.03.10