時刻は既に真夜中。もう冬へと入ろうとする夜の風は冷たい。低い丘の辺りには何もなく、ただ枯れたススキが風になびき、さわさわと音を立てているだけである。
そんな寒々しい野原に小さな灯りが歩いてくる。その足音はススキの中に埋もれるように立っている小さな石を置いただけの墓の前で止まった。
その人物は何も言わない。小さな灯りに照らされる墓石をじっと見ている。
と、突然振り向いた。足音がするのである。そして、その足音は間違いなく彼の方へ向かって来ている。明りがだんだん大きくなる。
足音は止まった。
「……銀時か?」
「ヅラ?」
声を掛けてきたのは、ヅラと呼ばれた桂小太郎。自分より先にそこに立っていた坂田銀時に少しばかり不思議そうな顔をした。
「珍しいな、こんなところで会うとはな」
「そういうテメーはどうなんだよ」
「ふん、俺は貴様と違って毎年来ておるわ」
「そーかよ、マメなこった。……まあ、今年で十年だから、たまにはと思ってな」
「……もう、十年も経つのだな……。月日とは――」
ふいに桂は声を落とした。銀時も口を開かない。二人は耳を澄まして辺りを窺っている。
また、足音が聞こえたのである。今度は二人、小さく話し声も聴こえる。やはり、迷わずこちらへ向かって来ている。
近付いてきた話し声の正体に銀時と桂は顔を見合わせた。
足音はやはり二人の前で止まった。
「なんじゃー二人とも出迎えかのー」
驚いたような声を上げたのは坂本辰馬。その隣には高杉晋助が一緒である。
「辰馬と高杉たぁ珍しい組み合わせだなァ、オイ」
「高杉とはそこで会ってなー」
「偶然だ、偶然」
一緒にされた高杉は嫌そうな顔をしたが、他の三人は愉快そうに笑っている。
「……テメーらそんな事のためにここに来たんじゃねェだろ」
「おお、そうじゃな。高杉のいう通りじゃな」
高杉の言葉に坂本が頷く。
桂は菊の花を供え、坂本は線香に火をつける。辺りに線香の香りが漂う。酒を墓前に供えた銀時は、一人その様子を眺めているだけの高杉に声を掛けた。
「んだよ、高杉。てめーは何にも持ってきてねえのかよ」
「ああ?構わねぇだろ。俺がこうして来てんだ、十分だろ」
「ったく」
呆れながらもそれ誰も以上は言わない。そんな人物だとみんな分かっているからなのだろう。桂も坂本もまるで気にした様子はない。
手を合わせ、それぞれに感慨深げな表情である。
「しかし何だな」
「ヅラ?」
「またこの四人が集う日がこようとはな」
「アッハッハ。わしも同じこと考えちょった。せっかくこうして集まったんじゃ、皆で一杯やらんか?用意してあるきに」
そう言って持っていた荷物を掲げる。中には酒瓶と紙コップが入っていた。
「コップまであんのか?準備万端じゃねーかよ」
「こうなるんじゃないかと思うてのー」
そう嬉々として言った。
墓碣の前に腰を下ろすと酒が回される。皆に酒が行き渡ると坂本が話し出した。
「ワシはワシで宇宙に出とるし、おんしらは姿を隠さんといかんしな。けどまあ、今日は来ると思うたんじゃき。そういえば、この前こっちに来たとき、高杉も探したんじゃが、見つからんかった」
「当たりめェだ。てめぇごときに簡単に見つかってたまるかよ」
「ヅラの居所はすぐ分かったんじゃがな」
「……オイ、ヅラァ」
「高杉、無駄無駄。コイツこの前なんかテレビ出てたぜ」
流石の高杉も呆れ顔である。
「……わかっちゃいたが、コイツ捕まえられねぇなんて真選組もたいしたことねぇなァ」
「幕府の狗なんぞに俺が捕まえられる訳がなかろう」
「とか言いながらあの変な生き物助けるために捕まりかけてたじゃねーか」
「おぉ、ステファンなー」
「エリザベスだ」
桂が真剣な顔で返す。が、
「お前、あれのせいで酷い目にあったんだからな。金輪際俺んとこ来んなっつーの」
「それが仕事ではないか」
「だったらテメー金払えぇぇぇ!」
「なんだ?銀時。てめー仕事なんかしてんのか?」
「ん?そうか高杉は知らんかったか。銀時は万事屋をやっちょるんだ」
「へぇぇ」
「そうじゃ、チャイナさんとメガネ君は元気にしとるか?」
「おぉ。元気過ぎて困ってるくらいだぜ。そうだ、お前んとこで雇わねぇ?」
「アッハッハ。そげん言うとうが、いなくなればいなくなったで寂しがるにきまっとる。それに二人ともウンとは言わんじゃろ」
「物好きな野郎もいたもんだなァ」
「給料もろくに払わんというのにな」
「うるせーな!辰馬はともかくテメーらだけには言われたくねーよ!」
そのまま暫く近況や世間話に興じた。
坂本の持ってきた酒は大した量ではなかったので、あっという間に尽きてしまった。それでも、誰かが話し終ればまた誰かが話し出す。
かつて共に戦った仲間。昔を懐かしんでいたわけではない。ただ、昔のように酒を酌み交わしながら馬鹿な話をし、そして、ただ昔のまま笑っていた。
話はまだ尽きない。
* * *
空が明らみ始めた。もう夜が明ける。銀時は東の空を見遣った。
「さて、と。そろそろお開きにすっか」
「そうだな」
名残惜しくないわけではない。けれど、昔に縋りついた所で何も無いことは分かっている。辺りを片付け始める。
「そんじゃ俺行くわ」
「おぉ、気ぃ付けてなー」
「それはそっちの二人に言っとけって。仮にも指名手配犯だぞ、コイツら」
「そうは言うが一番無茶するのは、おんしじゃろうが。のう?」
「ふっ、昔っからそうだな」
「馬鹿だからなァ」
「……お前らに言われたくねぇよ」
微かな苦笑と呟かれた言葉。
「またなー」
軽く手を上げると、そのまま振り返りもせず、歩いていってしまった。
残された三人は顔を見合わせた。
「またな、か」
「ったく、あの大馬鹿野郎はよォ」
「……おんしらもな」
「ケッ」
「ふん」
「アッハッハッ。そんな顔しても無駄じゃ。そんじゃあ、またな」
坂本も桂も高杉も、それぞれの居場所へ帰っていく。
自らが信じる道へ。
昔は昔、今は今。それぞれの道。
2006.02.19