既に辺りは真っ暗である。沖田は灯りを手にいつもの見回りに出ていた。
賑やかな通りから外れ、住宅が立ち並ぶこの道ですれ違うものはない。その代わり家々からは暖かな光が洩れている。早く終わらせてしまおうと足早に道を歩く沖田だったが、突然、公園の前で足を止めた。昼間ならば子供たちが遊んでいるのだろうが、こんな時間では誰もいない。事実、何の音もしない。 しかし、沖田はニヤリとするとそのまま公園へ入っていった。
「お子様はもうお家に帰っておねんねの時間ですぜ」
「お前に言われたくないネ」
誰もいないはずの公園にいたのは、チャイナ娘こと神楽。チャイナ服は相変わらずだが、いつもの傘は持っていない。というよりも、夜に日傘は必要ない。夜兎族は日の光に弱いのだという。つれない神楽の返事だが、いつものことなので沖田は気にせず話を続ける。
「俺は仕事でさァ。それよりも旦那が心配しますぜ」
「大丈夫アル。今日は銀ちゃん帰ってこないネ」
「帰ってこない?」
「多分どっかで飲んでるネ。いつものことアル」
「へぇ」
神楽は今、万事屋の坂田銀時の所に身を寄せている。この地球での神楽の保護者ということになるだろう。あの男は意外に古風なところがあるので、いくら強いとはいえ、まだ子供の神楽がこんな遅い時間に出歩いていると知ったら怒るに違いない。だからこそ神楽も銀時の留守を狙っているのだろうが。
思わず苦笑していると神楽から鋭い視線が飛んできた。
「それよりなんで私がいると分かったネ」
「何がです?」
「とぼけるナ。お前があそこの道歩いてるとき、私じっとしてたネ。それに今日は新月で暗い。私の姿があそこから見えたとも思えないネ」
確かに何の音もしてはいなかった。しかし、沖田は神楽の気配を感じたのである。
「……そりゃ匂いがしたんでさァ」
「匂い?」
「まさか人を殺したことがねぇとは言わねぇでしょう?アンタのその身体に染み付いた血の匂いでさァ」
沖田は薄っすらと笑っていた。
しかし、神楽に動じた様子はない。
「お前は馬鹿ネ」
冷たく言い放たれた言葉に沖田は笑みを消した。
「お前の周りに血を浴びてない奴なんているアルか?」
「――それは」
「だったらみんな血の臭いがするアルか。あのゴリラも大串君も」
「……あの人たちは違う」
「何が違うネ。みんな自分の目的の為に他人の命を奪って来たアル。お前と同じネ」
さも当たり前のように言う神楽に、沖田は首を横に振った。
「違いまさァ!夜兎の血を持つアンタならわかるだろ?目的よりも戦うことの方が楽しくなる。夢も目標も人の命もどっかいっちまって、ただ戦う為に戦うようになる!」
真選組のために、近藤のためにと戦ってきたのは決して嘘ではない。
土方たちと今の真選組をつくり上げるために剣を振るってきた。けれど、剣を振るうこと自体に喜びを感じる自分がいる。人を殺めることは本意ではないが、刀を手にしている瞬間は楽しくてしょうがなかった。それは戦う事を本能とする夜兎とある意味似ている。神楽ならばこの苦しさが分かるのではないか。
そう思っていた。
しかし、神楽は妙に大人びた仕草で肩を竦めた。
「お前が自分を汚いと思うのは勝手ネ。けど、それを人に押し付けないで欲しいアル」
あっさりと否定された同族意識。
神楽の言うことはもっともだと思う一方、拒絶されたことに酷く裏切られたような気持ちにもなっていた。それこそ自分勝手だというのに。
沖田は脱力し、近くの遊具に座り込んだ。
その後、しばらく二人とも黙ったままでいたが、落ち込んでいる沖田を見かねたのか、神楽が小さな溜息をついた。
「仕方ないネ。可哀想なお前に一つイイ事教えてやるネ」
「……へぇ?」
「血は洗えば落ちるネ」
「……そりゃあ、また」
「だから、血の臭いがするというのはお前の思い込みネ」
沖田は、はっとして神楽の顔を見つめた。
「……思い込み……」
「そうネ。お前から血の臭いなんてしないアル」
いつもの笑顔で言う神楽に、ほっとしたような泣きたいような気持ちになったが、その気持ちとは裏腹に、沖田はニッと口の端を上げ、いつもの調子で答えた。
「それで慰めてるつもりですかィ?」
「違うネ。そう思ってなきゃ、やってられないアル」
「え」
更に問おうとした沖田だったが、神楽は背を向け歩き出してしまった。
「チャイナ!」
「歯ァ磨けヨ」
軽く流すと神楽はそのまま暗闇へと消えてしまった。
沖田はその消えた先をしばらく見送っていたが、ポツリと呟いた。
「参ったな。これじゃどっちがガキだか、わかりゃしねェ」
そう言いながらも、自分の方がよっぽどガキだと思った。
真夜中の公園で子供二人。
2006.01.15