「銀さん、そろそろ起きてください」
うー、お願いだからもうちょっと寝かせて、新ちゃん。この時期ぬくい布団から出るのがどんだけ辛いか、お前だって分かるだろ?
「いつまで寝てんですか、アンタ。脳細胞どんどん死滅しますよ。タダでさえ糖尿なのに、頭までパッパラパーですよ」
あ?何かいつもより機嫌悪い?
仕方がないから、やっとこさ目だけ開けた。
「あー、ソレ…」
まず視界に飛び込んできたのは、まだ折目の残る真新しい割烹着。知り合いのババァがやってる、今にも潰れそうな洋品店のセールで買ったやつだ。
「ああ、銀さんありがとうございます」
「ばっか、俺じゃねぇって。アレだ、サンタの親父が配ったんだって」
俺が眠いのは、そのせいだ。昨日は食った後もはしゃいでちっとも寝ようとしなかった。お前らがさっさと寝てくれれば俺だって今頃にはぱっちり目が覚めたんだって。
「そうですね、僕もサンタクロースが寝てる間にプレゼントをくれたって方が、夢があっていいなぁって思うんですがね……」
あ、この溜めヤバイ。
「だったら給与って書くんじゃねェェェ!!まさか、まさかとは思いますが、プレゼントという名の現物支給で今月の給料払ったことにする気じゃないでしょうね!」
えーっと、そのまさかですが。
「いやー、だってよォ、そこら中からツケ取り立てられてて、金ねぇんだよ。このままじゃ正月の餅も買えねぇつーか」
「万事屋の餅が買えても、志村家の餅が買えんわ!」
わしっと俺の襟を掴む新八。ちょ、目が据わってんだけど!
「行きますよ」
「え、どこに」
「仕事です。クリスマスケーキ売りのバイト、急に人が必要になったっていうんで頼んできました」
「え〜、ぱっつあんよ。今年のクリスマスは土日の23、24日だぜ。月曜日に買うやつなんて誰もいないつーの」
「銀さんみたいに、安さと糖分を求めてる人は意外といるんです。それに別に誰も売れとは言ってません。ケーキとお金の番をしてればいいんです。たぶん、売れ残りのケーキも貰えますよ」
「ケーキは食ったから俺はパフェの方が」
「そんなこと言える立場かァァァ!」
結局、すっかり今日がクリスマスの事など忘れ去ったかの様な街中で、3人揃ってケーキ売りに励んだのだった。
「まあ、ケーキ食えたし、いっか」
「「この甲斐性なし!」」
ああ、冬の風は冷たい。
とあるアジトのキッチンにて。
「出来たっス!」
何と言っても、今日はバレンタインデー。女の子が想いを込めてチョコを渡す日である。早撃ちの来島と世に名を知られ、殺伐とした世界に身を置くまた子といえどもそれは例外ではない。意中の男性、高杉に愛よ届けとばかりに、たっぷりと想いを込めた手づくりチョコで準備万端。
「晋助様。あの、コレ作ってみたんで、一つどうっスか」
ラッピングして渡そうかとも考えたが、高杉では受け取ってもらえても、そのまま放ったらかしにされかねない。そこで、直接食べてもらう作戦に出たのである。高杉の部屋に行ってみれば、機嫌も上々。これはイケる!と意気込んだのもつかの間。
「悪ィな、甘いのは好きじゃねェんだ」
「あ……そ、そうですか。残念っス」
笑って退散したものの、心は涙なみだの大嵐。そんな玉砕の様子を見ていたのは万斉と武市。
「また子どの、振られたでござるか」
「振られてないっス!」
「しかし、箸にも棒にも……という感じでしたね」
「うるさいっすよ!別にいいっす、これでまた一つ晋助さまのことが分かったんスから!」
「リサーチ不足でござるな」
「仕方ありませんよ、猪おん……」
ガチャ。
さすがは早撃ちの来島。目にも留まらぬ鮮やかさでホルダーから銃を抜き、二人の眉間にピタリと照準を合わせる。これには二人も両手を挙げた。
「いい加減にするっスよ!今度は本当にブチ抜いてやるっス!」
「わ、わかりましたから、銃を降ろしてください、いのし……」
「武市先輩ッ!」
策師と謳われているわりには懲りない男である。
「また子どの、せっかくだから一つ食べても良いでござるか?」
「嫌っス。どうせ表家業でたんまり貰ってるに決まってるっス」
「表家業といっても、拙者は裏方でござるからな。知り合いくらいからしか貰わないでござるよ」
「でも、お通とかいう小娘から貰ってたじゃないっスか」
「あれはお歳暮と同じでござる」
敏腕プロデューサーつんぽの顔も持つ万斉。曲を提供している復活のアイドル寺門通からのチョコレート。新八が知ったら泣いて羨ましがるに違いない。そんな万斉との会話に割って入ってきたのは、当然の如く誰にも貰えそうにもない武市。
「……また子さん、お話中スイマセン」
「せ、先輩……」
「私もぜひ食べてみたいですね」
「うっ……」
「駄目ですか?」
「……万斉やるっス。先輩も」
「釈然としませんが、まあいいでしょう」
「いただくでござる」
パクリ。
「…………」
「…………」
一言も喋らない二人。
「なんスか、その沈黙」
「……食べてみるでござる」
「?」
また子も一つ口の中へ。
「……!」
作った張本人のまた子の顔が真っ青になる。それもそのはず、もしかしたらコレを高杉に食べさせていたかもしれないのだから。高杉が甘い嫌いだったのは、もっけの幸い。天はまた子を見限ったかと思われたが、実は味方していたのである。
「ら、来年こそは頑張るっス!」
「どっちにしろ無理だと思いますがね」
ズッキューン!
「ホントに撃つ人がありますか!」
「やれやれ」
こうしてまた子のバレンタインは儚くも終わったのでした。
お粗末!
「はい、コレ」
二人に渡されたのは綺麗にラッピングされた小さな箱。
「ん?もしかしてチョコか!新八!」
「新八、去勢手術でもしたアルか」
「誰がするかァァァ!!確かに女性から男性にチョコをあげる日だけど!」
「それに今日はもう15日ネ。お前一人、日付変更線の向こうアルか」
「だーかーら、14日の売れ残りを買ってきたの!1個100円とか200円もするチョコを買う経済的余裕なんてどこにも無いんだから!」
「そうだぞ、神楽。オメー良く味わって食えよ」
「テメーは給料払えェェェ!」
「まーまーそれは置いといて」
「ありがとな」
「ありがとアル」
「……初めッから素直に言えよバカども」
「新八、今日は節分だろ?」
「そうですけど、アンタなんでそんなに嬉しそうなんですか?」
「んー、歳の数だけ豆って食うよなあ?」
「……まあ」
「ってな訳で、俺が豆買っといてやったから」
<福豆 御祈祷済>
「って、甘いやつじゃないですか!」
「当ったり前じゃねーか!他に何があるんだよ!」
「これじゃアンタの中の鬼を喜ばせるだけだろーが!貸してください!」
「あ!新八なにしやがる!」
「鬼はー外!福はー内!」
「撒くなァァァ!」