駅前に設置されている家康像を見ながら、何本目のタバコだったかと考えたが、馬鹿らしくなってやめた。待ち合わせと思わしき人々が、次々と入れ替わっていく。そして、俺の待ち人はまだ来ない。空を見上げても青空はどこにも見えず、ひたすら白い雲が広がっている。まるで、今の俺の気持ちのようで、煙とともにため息を吐き出す。
「…………何やってるんだろうな」
新しいタバコに火をつけ、そのままぼうっと人の流れを眺めていると――ついに待ちわびていた人の後ろ姿が見えた。慌ててベンチから立ち上がり、その背を追いかける。
「よお、長谷川さん」
俺が声を掛けると、ちょっと驚いたようだったが、すぐに笑ってくれた。
「土方君?こんなとこで会うなんて珍しいな。一人?」
「いや、本当は総悟のヤツと待ち合わせしてたんだけどよ、あの野郎急に行くの面倒なったから行かねーとかメール寄越しやがった」
「あー、沖田君ならやりそうだよね、ソレ」
先週、まさにそうだったんだがなって、思い出したらムカついてきた。
まあ、それはいい。大事なのはここからだ。
「長谷川さんこそ、どっか行くのか?」
「俺はこれから映画観に行くとこ」
「――何、観んの」
「知ってっかな。『MADAO』ってのなんだけど」
『MADAO』
<腐敗しきった政府で官僚勤めをしている男(マダオ)が、なんでも屋を営む男との出会いをきっかけに、本当の自分を取り戻すための旅に出る、涙と感動溢れるヒューマンストーリー。全国ロードショー、絶賛上映中>
「マジでか」
「何?」
「いや、実は総悟とそれを観ることになってたんだよ。良かったら一緒に観ねぇか?」
「マジで?いいよ、一緒に観ようぜ」
どうせ、観る相手もいなかったしよ、と長谷川さんが苦笑する。
とりあえずチケットを購入し、まだ時間があったので、喫煙コーナーへと向かった。
「それにしても、土方君渋いの観るんだな。何か意外だけど」
「えーっと、主演の立木の渋い演技が好きなんだよ」
「いいよなぁ、立木!俺、憧れてんだ。出来ればあんな感じになりたいよなァ」
「へぇ。確かにカッコいいもんな」
こうして会話は出来ているものの、ボロが出るんじゃないかと、冷や汗が出る。正直に言えば、『MADAO』なんて、普段なら絶対観ないし、立木って役者も今日初めて知った。事前にチェックしておいて良かったとつくづく思う。
――そもそも何もかもが嘘っぱちなのだ。
俺は総悟と待ち合わせなんてしていないし、『MADAO』なんて映画を観る予定は無かった。長谷川さんと会ったのも偶然じゃない。たまたま、今日長谷川さんが駅前の映画館に行くというのを聞いて、朝からずっと待っていたのだ。そして、何とか偶然を装って一緒に観れないかと、シミュレーションを繰り返していた。……近藤さんのことは笑えねェな。
「うっし、行くか」
「おう」
それでも、好きになっちまったんだからしょうがねェ。
* * *
感動した。
「……土方君、大丈夫?」
「ああ、悪りぃ。グスッ」
ハンパでなくいい映画だった。途中に出てきたなんでも屋が好きになれなかったが、マダオの生き様をまざまざと見せ付けられて、涙が止まらなかった。人生において絶対見るべき一本だ。
「えーっと、良かったらマックでも寄るか?」
「え……」
「いや、何つーか周りの目がね、ホラ」
実際にはクラスメイトなわけだが、傍目からはオッサンと泣いてる高校生……確かに微妙かもしれない。
マックでは映画や学校のことで、話題には事欠かなかった。そして、そこで出た結論。
変な連中多すぎだよな、ウチのクラス。
店を出ると外は暗くなり始めていた。
「うわ、だいぶ遅くなっちまったな。土方君、家の人大丈夫?」
「今日は遅くなるって言ってあるから。長谷川さんこそどうなんだ?」
と、言ってから長谷川さんがいい年こいたオッサンだったと思い出した。
「どうせ家帰っても、誰もいないしな」
「じゃあ、独り暮らしか」
すると、長谷川さんは変な顔をした。
「いや、そういうわけじゃないんだけど」
「何だよ、はっきり言えって」
「まあ、土方君は口固そうだしな」
「?」
「実は今、嫁が実家に帰っちまっててよ」
「よ、嫁ェェェェ?!」
「しィィィ!声がデカイって!クラスの連中には内緒で頼むよ。何言われるかわかんねーし」
「お、おう。もちろん誰にも言わねーよ」
はっきり覚えているのはここまで。その後、何か話したような気もするが、気が付けば昼間座っていたベンチで呆けていた。頭の中でさっきの言葉が延々ループする。
まさか、長谷川さんが結婚していただなんて。
「だから、あの人はやめておきなせぇって言ったじゃねぇですか」
「総悟」
顔を上げると総悟が目の前ににやにやと笑いながら立っていた。いつ来たのか全然気が付かないくらい考え込んでいたらしい。
「見てましたぜ。アンタ、どこの中坊ですかィ。初めてのデートだって、あそこまで浮かれやしませんぜ」
「――知ってたのか」
「何でも、高校を無事卒業して就職出来れば、嫁さんが家に戻ってくるっていう話ですぜ」
「ただの噂じゃねぇのか」
一縷の望みをかけるが、総悟の困ったような表情で駄目だと悟った。
「残念でさァ。これは確かな筋からの情報でしてね」
「銀八か」
総悟はさぁとばかりに肩を竦めた。まあ、十中八九間違いないだろう。何でだか知らないが、二人は仲がいいというか気が合っているらしい。
――ちょっと待て。今、何て言った?
「オイ、総悟。卒業して職に就いたらっつったな?」
「え?まあ、言いやしたけど……」
落ち着け自分。湧き上がる思いに声が震えるのが分かる。
「――だったら、卒業する前にオトしちまえば、こっちのモンってことだよなァ?」
総悟の顔色が見る見る間に変わる。
「ちょっと!土方さん、アンタ何考えてんです?!」
「フン、お前の思ってる通りさ」
恋は盲目。使い古されたフレーズだが、今なら志村姉にしつこくしつこくしつっこく挑み続ける近藤さんの気持ちがよく分かる。理屈なんて必要ない。ただ、好きだという一念。
「……相手は三十八歳で奥さんがいるオッサンですぜ」
「それがどうした」
「普通、あり得ませんぜ」
「だったら、俺があり得るようにしてやる」
「いいわけないでしょう!」
「いいんだよ。もう今更遅ェ」
総悟の気持ちは痛いほど分かる。俺だって、もし総悟が男を好きになったとかほざいたら、相手をブチのめしてでも絶対諦めさせる。そんなものが幸せになれるわけがない。
――我ながら見事な矛盾だと思う。
「総悟、帰るぞ。ミツバが心配する」
「……土方さん、クラスの連中にバラしてもイイデスカ」
「駄目に決まってんだろ!」
「チッ」
「チッ、じゃねえし」
「あーあ、俺ァどうなっても知りませんぜ」
「まあ、見てな」
さて、まずどうしようか。そういえば、長谷川さんのプロフィールを全然知らねェな。身長、体重、座高、誕生日、血液型、星座、干支、好きなもの、嫌いなもの、出身地、小学校、中学校、家族構成、握力、背筋力、跳躍力、視力、タバコの銘柄、家賃、バイト先……etc.
「こりゃあ、近藤さん2号の一丁出来上がりって感じでさァね」
とりあえず、聞こえなかった振りをした。
虎視眈々と突っ走れ!
なななの忍野さまへの差し上げ物
リクエストは3Zマダオでした。ムズっ!
2007.09.07