19 花見


そよ姫と神楽

桜の花も今が盛り、一面ピンク色で覆われた大江戸中央公園。屋台も立ち並び、賑やかな様子だが、今日は特に人出が多い。
それもそのはずで、毎年江戸城内の庭園で行われている将軍家恒例の桜の宴を、今年はこの公園で開くという。特設会場へと向かう沿道には一目見ようと、人垣が出来ていた。

「あっ」

人々に向かってにこやかに手を振っていたそよ姫が何かに小さく声を上げた。側にいた茂茂将軍がそれに気付き声をかけた。

「どうした、そよ姫?」

その様子に気付いた松平もそっと近付く。

「万全な警備体制を敷いてはいますが、何かございましたか」
「いえ、そういうことではないんです。驚かせてすみません」
「ならば、何か面白いものでもあったのか?」

茂茂の言葉にそよ姫はふわりと微笑んだ。

「桜の花よりも、素敵なものを見つけたんです」

そよ姫の視線の先には、一生懸命手を振っている、桜の花と同じ色の髪を持つ少女の姿があった。

桂とお登勢


「かぁつらァァァァァ!どこだァァァァ!」

花見の席には不似合いな黒い制服を着た集団が、土埃を巻き上げながら駆け抜けていく。当然、一般の花見客らは非難の声が上がる。

「うっせぇ!俺たちだって好きでやってんじゃねーよ!どきやがれ、コノヤロー!」

しかし、チンピラ警察とも称される真選組は市民の罵声も物ともせず、人込みを掻き分けて進む。

「ん、ちょい待て」
「どうしやした、桂いやしたか」
「違う。けど、聞いてみる価値はあるだろ」

土方たちはかぶき町四天王と呼ばれる人物の前に立ちはだかる。言わずと知れたお登勢だが威圧感たっぷりの真選組を前に怯える様子はなく、ただ煩わしげに眉を潜めただった。

「よう、バーさん。アンタ桂見なかったか」
「桂って、あの桂かィ」
「そうだ」
「見ちゃないよ。第一こんな人の多いところに指名手配犯がのこのこ出てくるわけないだろ。それよりか、アンタら邪魔だよ邪魔。不粋にもほどがあるよ」
「仕方ねぇんですよ。なにしろ将軍様がお出ましになってるもんで、いつもみたいに逃げられましたじゃ済まないんでさァ」
「総悟!」
「なるほどねぇ。アンタらも大変だ」
「チッ、まあ、そういうわけで、桂探してる」
「悪いけどねぇ、あたしゃそんな野郎は見ちゃいないよ」
「奴が連れて歩いてる白くてデカイ化け物でもいいんだが」
「ああ、それだったら向こうの屋台の辺りで見たよ。アンタらが言ってるのかは知らないけど……って行っちまいやがった」

そして、そのまま土方たちの背中が完全に見えなくるのを見送ってからのこと。

「すまない助かった」

お登勢の後ろにある桜の木の陰から、当の桂がひょっこり顔を出したが、お登勢は振り返りもせずに言った。

「別に礼を言われる覚えはないよ。あたしゃ桜を見に来たんだ。それ以外のモンは目に入らないよ」
「かたじけない」

桂は礼を言うと人込みの中に紛れていった。

銀時とお登勢

銀時は場所取りの途中、少し見てくると言って、ちっとも戻って来ない神楽を探しに、定春を連れて歩いていた。

「ったくよォ、いったいどこ行っちまったんだかなぁ」
「ワン」
「ん、あっちか?」

定春に引かれ人込みの中を進む。その途中、将軍を一目見ようという人の波にぶつかり、さすがに定春を連れて歩くのは困難で、少し沿道から離れたところを進んだ。すると、凄い勢いで走って来た真選組にぐるりと囲まれた。

「……確かに白くてデカイ生物だな」
「ですね」
「オイオイ、チンピラ警察24時のお出ましだよ。お巡りさん助けてー」
「旦那、俺らが警察でさァ」
「知ってるけど、まあお約束ってことで」
「テメェは一回ブタ箱ぶち込まれてろ!」
「で、何の騒ぎなのコレ」
「いや、桂が連れてる白くてデカイ化け物を見たっていう情報があったんで、探してたんでさァ。ハズレでしたけどねィ」
「あー、うちの定春」
「総悟行くぞ!」
「ったく、気が短けェお人だ。すんません旦那、それじゃまた」

土方たちは猛然と駆け去り、残された銀時はその後ろ姿を見送りながらぽりぽりと頭を掻いた。

「さすがにこんなとこにゃ来てねぇだろ」
「それがそうでもないんだねぇ」
「ババァ!」

いつの間にか背後に立っていたお登勢はじろりと銀時を見た。

「アンタの周りにゃ馬鹿しかいないのかィ。まあ、類友ってやつなんだろうけどさ」
「え、何。アイツいたの」
「さすがに白い化け物は連れてなかったけどねぇ」
「言っとくけど、俺あんなん知らないから。類友とかマジないし!」
「馬鹿さ加減がそっくりだよ」
「いやいやいやいや、あれはないない!つーか、指名手配犯になんか関わんじゃねーよ。知らねぇぞ」
「あんただけにゃ言われたくない台詞だね」

お登勢はフンと鼻で笑い、銀時は肩を竦めた。
万事屋の花見に参加する事になったお登勢は、銀時と一緒に新八たちが場所取りをしている場所へと向かった。

神楽と新八

「ただいまヨー」
「あれ、神楽ちゃん銀さんと会わなかった?」
「銀ちゃん?会わなかったネ」
「そっか。神楽ちゃんが迷子になってるんじゃないかって、定春連れて探しに行ったんだけど、すれ違っちゃったんだね」
「私が迷子アルか?失礼しちゃうネ」
「この人の多さだからね、心配したんだよ。まあ、定春いるから、ちゃんと戻ってくるだろうし、一緒に待ってようか」

辺りでは皆、花より団子というよりは、花よりまず酒と言った状態で、そこら中で乾杯の声が聞こえる。中にはもう既に出来上がって、周りに絡んでたり眠りこけてたりするオッサンがいる。

「おや、銀さんとこの坊主と嬢ちゃんじゃないかィ」
「あ、お団子屋のおじいさん。こんにちは」
「こんにちはヨ」
「旦那はどうしたね」
「迷子ネ」
「いや、神楽ちゃん探しに」
「そうかィ。そうだ、良かったら食べてくんな」

そういって渡されたのは、四百年の歴史を誇る老舗魂平糖の看板商品みたらし団子。それに二人とも目を輝かせる。

「こんなにいいんですか?ありがとうございます!」
「今日は屋台を出しててね、良かったら来てくんな。サービスするよ」
「そうしたいのは山々なんですけど、お金がないんで無理です」
「ヘヘッ、甲斐性の無い社長で困るね。あ、そうだ。旦那にいい加減ツケ払ってくれって伝えてくれるかい」
「その前に、僕らの給料払って欲しいんですけどねェ……」

魂平糖の店主が去ってから、しばらく待ったが銀時は一体どこをほっつき歩いてるのか、まだ戻ってこない。神楽はさっき貰った団子をじっと見ている。

「駄目だよ、神楽ちゃん」
「私、何も言ってないネ」
「お団子食べたいんでしょ」
「だって、お腹減ったヨ!」
「もうすぐ、銀さんも戻ってくるだろうから、ね?」
「でも、一本くらいならバレないヨ。さっきからお腹鳴って仕方がないネ」

お団子を涎を垂らさんばかりにじっと見ている神楽に、新八は苦笑する。何だかんだで神楽に甘い新八は、団子のパックを開けて一本だけ差し出す。

「もー……仕方がないなァ、一本だけだよ」
「ぱっつぁん、ありがとネ!」

神楽は満面の笑顔で団子を頬張る。その姿に、新八は苦笑しつつも心が温かくなる。

「新八ィ」
「何、神楽ちゃ」

新八の口に団子が押し込まれる。
神楽はニヤリと笑った。

「一個やるネ」
「もぐもご」(ありがと)

お団子の比率2:1。これが神楽と新八の力関係だったりするとかしないとか。

万事屋

そこら中に敷かれたブルーシートを踏まないように避けながら歩いていくと、いち早く銀時に気付いた神楽が両手を振っているのが見えた。

「銀ちゃん定春おかえりヨ」
「何だ神楽戻って来てたのかよ」
「すれ違っちゃったみたいですね。あ、お登勢さん、こんにちは」
「お邪魔するよ。いい場所取ったじゃないかィ」
「昨日から交代でいますからね」
「昨日から?随分と頑張るじゃないか」
「実は場所取りの依頼があったんです。頼まれたのは今日の夕方なんですけど、その前に僕らもお花見しちゃおうと思って」
「なるほどねェ。で、なんか食べるモンはあるのかィ」
「えーと、昨日の残り物を詰めたお弁当と、あと何か適当にお菓子が」

その返事にお登勢はため息をつく。

「そんなこったろうと思ったよ。これ差し入れだよ」

そう言って差し出された焼き鳥に二人は大喜びで飛びつく。

「そうだ、忘れるとこだった。銀さん、魂平糖のおじいさんからお団子貰いましたよ。あと、ツケ払ってくれって」
「あそこ、天人の店倒してっからちょっと流行ってんだろ?ツケくらいまけてくれりゃあいいのによォ」
「お金を払うのが当たり前なんです。っていうか、僕らのお給料払ってください」
「バーさん、何飲む」
「銀時、ウチの家賃も何ヶ月溜めるつもりだィ」
「神楽ー、定春にも何かやれよー」
「ったく、駄目天パ」

貰ったお団子や焼き鳥、それにお弁当を広げ食べ始める。子供組は食べることに夢中だが、大人二人はちゃっかりとお登勢さんに買わせていた酒を手にしている。

「また、来年もお花見したいネ」
「そうですね。今度は姉上とか色んな人を呼びたいですね」
「そーだな」

そんな暖かい春の一日。

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