雪が積もりに積もり、未だ降り続ける江戸の街。朝もまだ早いというのに、そこかしこから子供たちの楽しげな声が聞こえてくる。
そんなほのぼのとした朝に不似合いな、異様な雰囲気を醸し出す一団がいた。広場の一画を大人げなく占領している。二手に分かれるとそれぞれ雪で壁を作り始めた。
「よーし!それでは開始ィ!」
合図と共に雪玉が乱れ飛ぶ。まあ、要するにただの雪合戦である。しかし、やっている本人たちは夢中で雪玉を投げ合い楽しそうにしている。
そこへ通り掛かった二つの人影。
「桂さん?」
「新八君にリーダー」
「雪合戦アルか!私もやりたいネ!」
「リーダー、これはただの雪合戦ではないのだ」
「どっからどう見ても、ただの雪合戦にしか見えないんですけど」
新八の眼差しは雪以上に冷たかったが、桂は一向に気にした様子もなく先を続けた。
「これは演習なのだ」
「演習、ですか?」
「どのような状況下でも慌てる事なく冷静に対処するには、常日頃の鍛錬こそが肝要なのだ」
「はァ……」
完全に呆れ返った新八は改めて広場を眺めてたが、やはりいい年した大人たちが童心に返って遊んでいるようにしか見えなかった。
「御託なんてどーでもいいネ私エリーのチーム!」
「僕もっ!」
「あっリーダー!新八君!……まあ、構わんか。ならば俺も本気を出そう」
この後、桂の戦略が冴え渡り、桂陣営は三連勝をした。
昨夜未明から降り始めた雪は、江戸の街を真っ白に染め、未だに降り続けている。一夜にして現れた白銀の世界に子供たちははしゃぎ、それは万事屋でも同様だった。
「ごちそうさま!行ってくるヨー!」
「あ、神楽ちゃん手袋忘れてるよ!」
朝ご飯を食べ終わると同時に神楽は定春を連れて、外へと飛び出していった。
「ったく元気だなァオイ」
「でも、やっぱなんか嬉しいじゃないですか雪って」
「そうかァ?降れば寒いし積もれば原チャも出せねーし、面倒ばっかだと思うけどな」
「アンタねぇ、ちょっとは冬を楽しんだっていいじゃないですか」
「ハイハイ。そーだ、皿流しに置いとけ。俺が洗っといてやるよ。外行きたいんだろ」
「え……お願いしてもいいですか?」
「おう、行ってこい行ってこい」
「それじゃ行ってきます!」
「新八もまだまだガキだな」
「いいじゃないですか!」
新八が出かけた後、銀時は億劫そうに立ち上がると台所に向かい洗い物を始めた。外から聞こえる神楽を呼ぶ新八の声に口元を緩ませながら。
洗い終わってからしばらくして。
「銀ちゃーん!」「銀さーん!」
玄関が勢い良く開いたかと思うと、冷たい外気とともに雪に塗れた二人が入ってきた。
「銀ちゃん!ヅラをやっつけるネ!」
「ヅラ?」
「雪合戦ですよ!」
「あいつ卑怯ネ!姑息な手を使ってくるネ!」
「もう三連敗中なんですよ。銀さん来てください!」
「えー」
「いいから!」
「早くするネ!」
「分かった分かった!上に着るもん取ってくるから待ってろ。っていうか、何でヅラと雪合戦なんてしてんの」
「「演習」」
「エンシュウ?あー、演習な。成る程ね」
全く桂らしい発想だと呆れながらも、外へと向かった。
江戸でも屈指の名店、料亭嶌田屋。
雪が降る中、その情緒あるた佇まいには不似合いな男たちがいた。
「つーかよォ、何でこんな日に会議なんてやるわけ?せめて庁舎の方にすりゃあいいのに」
中では幕府主要会議が行われ、真選組はその警備に当たっている。各所に隊士が配置され、沖田と山崎は邸内を巡視していた。沖田の言葉に山崎は苦笑した。
「まあ、今日の会議は単なる懇親会ですからね。各所のお歴々を呼び出しておいて、ハイさようなら、とはいかんでしょ。飯くらいは食べさせておかないと」
「あーあ、まさか近藤さんと土方さん、中で旨いもん食ってんじゃねぇだろうなァ」
「そんなわけありませんって」
「分かってらァ。でも、こんな寒い日に連中だって動かねェだろう」
「分かりませんよ。前あったじゃないですか、宇烏大老の事件」
「あーあんま良く知らねェけど……ん」
「沖田さん?」
沖田が門の方向へ視線を向けるとほぼ同時に攘夷浪士が現れたとの無線連絡が入り、二人は顔を見合わせた。
「まあ、身体動かしてた方があったまるよなっと!」
「沖田隊長!やり過ぎないでくださいよ!こんなとこの賠償金とか払えませんからねー!って、あーもう大丈夫かな」
小さくなる沖田の背にため息をつきつつも苦笑する。
「たしかに動いてた方が温まるのは事実ですけどねェ」
そう言うと山崎も自分の配置へと駆けていった。
江戸市内某所。
「高杉さん。どうやら天伐党の残党が動き出したようですよ」
「ほぉ、寒い中ご苦労なこった」
「晋助さまお茶どうぞ」
「おお、悪いな」
「寒いからこそ、とも言えますがね」
「ククク、お前も上手く連中を焚きつけたもんだなァ。って熱いなオイ」
「そうっスか?」
「あんなものは策略とは呼べませんよ。とはいえ面白いように引っ掛かってくれたの何よりです」
「また子どの拙者には?」
「自分で入れてくださいっス」
「向こうの手筈は済んでんだろ?」
「ええ、万事滞りなく」
「武市どのティッシュを取ってもらえるござるか」
「風邪?」
「熱はないが、鼻水が垂れてどうようもないでござる」
「アンタらこっちは真面目な話してんでしょーが!」
「先輩、コタツに入って蜜柑剥きながら喋られても、全っ然シリアス感無いっスよ」
「それを言うなら半纏着込んでお茶啜ってる高杉さんだって同じじゃないですか」
「晋助様は存在自体がカッコイイから問題ないんス!」
「また子、悪ィ。もう一杯入れてくんねェか」
「ハイっス!」
「じゃあ拙者も」
「私もついでに」
「アンタらに飲ませるお茶なんて無いっスよ!」
窓の外では雪が降り続けていたが、誰一人として眺めようとはしなかった。
敏木斎が九兵衛を見つけたのは、離れの縁側だった。外は雪がちらちらと舞い空気は冷え切っているが、九兵衛は寒がる様子もなく庭の方を眺めていた。
「こんなところにおったんか」
「おじい様」
「稽古、今日はやらんのか?」
「そちらは明日に。今日は通常通り道場で行う予定でおります」
ここで敏木斎がいう稽古とは柳生家で代々行われてきた雪中稽古のことで、雪が積もっている足場の悪い条件下での訓練になる。ありとあらゆる場面を想定し対応策を練る柳生陳陰流にとってまたとない稽古といえた。九兵衛が敏木斎の顔を見て微かに笑った。
「どうした九兵衛」
「いえ、おじい様も僕が変だと思っておられるのでしょう?」
「む……まあのう。今日みたいな日に真っ先にやろうと言い出すのはたいていお前じゃからの」
「僕も朝一番、雪中稽古には打ってつけだと庭に出たのですが……あまりに良い眺めだったので、荒らすのが少し惜しいと思って」
「九兵衛」
「今まで幾度となく見てきているはずなのですがね」
苦笑する九兵衛は自分でもその理由を分かっているのだろう。敏木斎は孫の成長を喜ぶと同時に自分の罪深さを少しだけ思う。
「明日は確実に行います。今より雪が積もってちょうどいいでしょう。おじい様、お逃げにならぬよう」
「さみィーもん。わしゃヤダ」
「おじい様。可愛い孫の頼みが聞けぬとおっしゃるのですか」
「……何かお妙ちゃんに似てきておらんか?」
「気のせいでは?」
敏木斎はまったく困ったもんじゃなぁと言って笑った。