ここ最近、総悟が驚くほどめきめきと腕を上げてきている。それが面白くて、つい俺も親父も、ついでにトシも熱が入ってしまい、今日は少し遅くなってしまった。外は既に薄暗い。心配したミツバ殿が総悟を迎えに来ていた。
「姉上、お待たせしました!」
「それじゃあ、そーちゃん行きましょうか」
「二人とも大丈夫か?もしなんだったらトシと一緒に行った方が」
「大丈夫。明かりも持ってきてあるから。それに今日はお月様で外が明るいもの」
「ああ、満月か」
「また明日、宜しくお願いします」
「近藤さん、さようなら」
「俺には挨拶したくねぇってか」
「当たり前だろ」
「もう、そーちゃんたら」
見送ろうと外に出れば、真ん丸な月が上がっている。
「何笑ってんだ」
「いや、言ったらお前絶対笑う」
「笑わねぇよ」
もう見えなくなってしまった二人の背中。
「何だかよォ、月に帰るみてぇだなと思ってさ」
総悟はミツバ殿に手をひかれ、楽しそうに家路につく。太陽とは違う静かな光が、色の薄い二人の髪を柔らかく照らす。このまま、月への階段を上がって行ってもおかしくないような気すらする。
「似合わねェ」
「ミツバ殿もか?」
からかうように言ってやると、案の定トシは黙ったままだった。
いつのことだったか。道場の買出しに一緒に行ったときの帰り道だったと思う。
「……ねぇ、十四郎さん。ヒトは死んだら何処へ行くのかしら」
ぎくりとして思わずミツバの顔を確認する。だが、特に調子が悪いという様子は無い。いつもの穏やかな笑みを浮かべ、隣を歩いている。
「昔、母が亡くなった時、あの世はどこにあるのってそーちゃんに聞かれて、高い空の彼方で私たちを見守ってくださってるのよって答えたんです」
「空の彼方……まあ、そんな感じだろうな」
「でも、天人はその空から来ているんですよね」
はっとさせられて、思わず立ち止まる。
「空は人の手の届かない所だったけれど、今なら誰でも行ける……。だとしたら、空の彼方ってどこなんでしょう?宇宙の果てかしら?そもそもあの世なんて無いのかもしれないけれど……何処にも行き場が無いような気がして、なんとなく不安になるんです」
空を見上げるミツバは何を求めているのか。激動する時代の流れは、死後の安寧すら奪おうしているという事に気付き、空恐ろしくなる。
「お前のいうあの世ってのは空にあるのか」
「え?」
「人から聞いた話だがな、他の国では死んだら月に行くっていう話があるらしい」
「お月様?」
「ああ、月の光になって地球に還るまでのんびり楽しく暮らす、そんな話だ。どうせ、あの世なんて誰も知りやしねェんだ。月があの世で何か不服か?」
「……いいえ。とっても素敵」
「さっさと帰るぞ。総悟のやつが心配する」
「ふふ、そうですね」
俺は人間死ねば終わり、そう思っている。だが、生者にはあの世が必要なのだと知った。
そーちゃんや近藤さん、それに十四郎さんが江戸へ出てから数年の歳月が経ちました。
初めは寂しかったけれど、その活躍を耳にするたびに貴方たちを誇りに思い、そして、付いて行かなくて本当に良かったと胸を撫で下ろします。
貴方たちの仕事を頭では分かっていても、たぶん止めてと言ってしまうでしょうから。
私は貴方たちに迷惑をかけるような真似はしたくありません。
ねぇ、十四郎さん。私と貴方、どちらが先にあの世へ行くかしら。
……待っていてとは言いません。だけど、待つことは許してくださいね。
そういえば、もう随分と前のことだけれど、月が死者の国だと話してくれたことがあったでしょう?そうだったらいいなと思ってるんです。
それなら、貴方たちを眺めて退屈しないでしょうから。
少しばかり飲み過ぎた帰り道。酔いを醒まそうと回り道をしたら、私服姿の沖田くんに声を掛けられた。真ん丸なお月様を背に、連れ立って歩く。
「ねぇ、旦那。知ってますかィ?」
「何?」
「月は死者の国で、死んだらそこに行くって話」
「死んだら星になるってのなら知ってるが、月は聞いたことねーな」
「姉上から聞いたんですが、他の国ではそういう話があるんだそうですぜ」
「へぇ」
死んだ後どうなるかなんて誰も知らないから、幾通りものあの世がある。その中から月を選んだ姉ちゃんはやっぱり沖田くんが心配でならなかったんだろう。
「俺ァね、アンタが死神だったらいいなと思ってんでさァ」
……相変わらず突拍子もないことを。
「悪りぃけど、銀さん卍解出来ねーから。お宅のマヨマヨにでも頼んでみ」
「アレは主人公好きだから、髪をオレンジに染めるかもしれやせんぜ」
「あー、トッシーは萌だろ。って、なんで死神よ?」
沖田くんがくすりと笑う。
「旦那のその髪、月の色でさァ」
「意外とメルヘンチックなんだな、オメー」
この髪に意味を見出しそうとしたのは、誰だったか。
――もう忘れた。
その日はどちらも一人で歩いていて、お互い目が合ったが土方はそのまま無視して通り過ぎようとした。
が、すれ違いざまに声を掛けたのは銀時。土方がぎろりと睨むがまるで気にした様子もなく、別にどうでもいいんだけどよ、と前置きしてから聞いた。
「もしかしたら、沖田くんの姉ちゃんに死んだら月に行くって話したのお前?」
「……何でお前がそんな事知ってんだ」
銀時がミツバと会ったのは1日にも満たないほんの短い間。土方が驚いていると、銀時がにやにやと笑った。
「あーやっぱりねー。そうだと思った。お前、女の前で無駄にカッコつけそうだもん」
「アイツから聞いたんじゃねェのか?」
「違う、お宅んとこのサド王子」
「総悟が?」
「姉ちゃんから聞いたんだと。もっとも、その話の大元がお前だとは知らないみたいだけどな」
銀時は眩しそうに空を見上げた。
「だけど、星になるってのよりいいよな。あそこに居るってのが分かるしよ。向こうから俺たちって見えんのかなぁ」
「万事屋?」
土方が銀時につられて顔を上げると、青い空にぽっかりと浮かぶ真昼の月があった。