15 陸・海・空・月・星


銀時

スナックお登勢。店内には俺とばーさんしかいない。ゆったりとしたBGMが流れ、静かな……
ダッダッダッガーッガッガッガッ
……雰囲気をぶち壊しにする騒音も響いていた。

「全く嫌ンなっちまうねぇ」
「あぁ、工事な」

年度末とあってか、かぶき町でもいたる所で道路工事が行われている。しかも、スナックお登勢の前の舗装工事は夜間。

「人通りの多いところだから仕方ないけど、何もこんな稼ぎ時にやらなくってもいいだろうに」
「稼ぎなんてあんのかよ」

自分の事は完全に棚に上げた発言に、ばーさんの目がギラリと光る。

「テメーがツケ払えばなァァァ!」
「ごちそーさん!ツケといてくれや!」

捕まる前に慌てて外に出た。家へ帰ろうと階段を上ると、作業服を着た兄ちゃんたちがダカダカとアスファルトを剥がしていくのが目に入った。
ヅラなんかは、都市化された今の江戸を憂いているが、便利になり恩恵を受けているのは事実だ。道路だって雨の日に歩いて足を泥で汚すこともない。それにアスファルトに覆われてしまえば、彼らが奴らが眠っていることを思い出さなくて済む。

桂は立ち止まり振り向いた。

江戸からそうは離れてはいない山の中。僧形の桂は山頂へと向かっていた。空は青くどこまでも広がり、眼下に望む江戸の町並みはその繁栄を誇っているかの如くに見える。しかし、更にその向こうに見えるのは、空との境目も定かではないような、ぼんやりと霞んだ水平線。

それに桂は眉をしかめる。桂の記憶にある海はもっと蒼くはっきりと輝いて見えた。まだ何もかもが輝きに満ちていた頃――

「何故誰も立ち上がろうとせんのだッ!」

その声は誰に届くことも無く、山の木々に吸われ消えていった。

高杉

江戸の空を行き交う船たち。今ではすっかり見馴れた光景だが、その内の一隻に江戸を震撼させるテロリストが乗っているなど、もちろん誰も気付くことはなかった。

「高杉は空から江戸を見るのが好きでござるか?」
「別にそんなことはねェがな」
「それにしては随分熱心に窓の外を見てたでござる」
「あぁ」

高杉は苦笑する。

「この景色もじきに見れなくなるからな、今のうちに見ておくのも悪かねェだろ」
「高杉、それは違うのではないでござるか?」
「何がだ」

万斉は楽しげに、だがどこか悪意を含んだ微笑を浮かべた。

「見れなくなる、ではなく、見れなくする、でござろう?」
「クク、そうだな」

眼下には未だ発展し続ける江戸の町並みが広がっていた。

坂本

快援隊のとある一室。ノックをしても返事が無い。またいつもの様に船内をふらついているのかと思いつつ、一応声を掛けて入る。照明が落とされた部屋には予想に反し、窓にもたれ掛かるようにして座る坂本がいた。

「どうした、ぼーっとしおって」
「いや、ここだと月が良く見えるんじゃ」

窓の外には月、そして青く輝く地球が見える。初めて宇宙へと出たときは感動したが、今ではもう見慣れた風景になった。
窓へと顔を向けたままの坂本はぼそりと呟やく。

「……月だけは宇宙で見ても面白うないの」
「そんかし地球は綺麗じゃろ」
「まあのう」

心ここに在らずといった風情が何故か癇に障った。

「おんしは欲張りじゃ」
「……陸奥?何のことじゃ」
「地球におれば地球は眺められん。宇宙に出れば月は輝かん。わかっちょったことぜよ。なんぼおんしでも二つの道を選ぶことは出来ん」

本当に迷っているとは思わなかった。だが、坂本はこの船に乗る者たちにとって柱であり、その屋台骨になるべく自分たちは存在しているのだ。大黒柱が揺らぐことなどあっていいはずがなかった。
当の坂本はそんな気持ちを知ってか知らずか、珍しく穏やかな優しい笑みを浮かべた。

「陸奥、すまん。おんしの言いたいことはよう分かる。じゃが今ここにおることを、後悔なんぞしちゃーせん。ただ、たまには恋しゅうなる時もある、それだけぜよ」
「それだけか」
「それだけじゃ」

ふうとため息をつく。

「なら存分と眺めぃ」

今ここにいるのも、結局はあの青い星のためなのだから。

松陽

三人揃ってのバイトが遅くなった帰り道。既に暗くなった空には星が輝いている。俺の前を並んで歩く二人は、久々の夜道のせいか、楽しげに喋っている。

「よくお天道様の下を歩けないような事をするなって言うけど、僕は今日みたいな星空でも同じ事を思うんだ」
「太陽は出てないのにアルか?」

神楽が不思議そうに尋ねる。

「ほら、死んだら星になるって言うでしょう?だったら、父上も母上も今この空から僕を見てるのかなって」

新八の言葉に神楽はぱっと空を見上げた。

「私のマミーも見てるアルか?」
「うん、きっと見守ってくれてると思うよ」

あんまりにも可愛らしい二人の会話につい頬が緩む。
つーか、お前ら大好きだよ俺。

「あいつらにも聞かせてやりてェな」
「銀さん?」

懸命に星を見上げていた二人には聞こえなかったらしい。

「ん、いや今日はやけに星が綺麗だなと思ってさ」
「ホントですね」
「きっと明日は晴れアル!」
「そうだな」

はしゃぐ神楽の頭を撫でてやり、俺も空を見上げた。


――あの人は今も俺たちを見守ってくれているのだろうか。
(そうだと信じたい)

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