坂田家の食卓2
「ただいまー」
しかし、新八からも神楽からも返事がない。
アレ?玄関開いてたよな。ババァんとこでも行ってんのか?誰もいない家に帰るのはちょっと久々で銀さん寂しいんですけど。前はこれが当たり前だったのに。
「ま、そのうち帰ってくるだろ」
テレビでも見ようとソファに座ると、目に入ってきたのはテーブルの上へとこれみよがしに置かれた食べかけの板チョコ。
「アイツらァァァ!俺がいない間に内緒で食ってやがったな!」
金が無いって甘いもん買ってくれねーくせに。まあいい、罰としてこのチョコは没収してやるから!
「いっただきまーす」
んー、やっぱチョコはうま……。
「グエェェェ!うぇ、ゲホ、な、ベッ!」
苦いっつーかまじぃ!何コレ?!正露丸を固めて作ってあるみてーな味なんですけどォォォ!
「銀ちゃん、やっぱり食べたアル」
「ホント、予想通りだね」
いつの間にか神楽と新八が、人が苦しんでるのを見て笑っている。
「てめーらどこにいやがったんだよ。つーか何コレ?毒入りチョコぉ?」
「まさか。そんなもん入れるわけないでしょ。僕らお風呂場に隠れてたんです」
「銀ちゃんが食べたのはコレネ」
―カカオ99%チョコ―
「こんなんチョコじゃねェェェ!」
三人で揃ってご飯を食べているときに、ふと気付いた。
銀さんはお箸を正しい持ち方で使っている。なんとなく意外な気がした。ちゃらんぽらんな男には似合わないなと思ったのかもしれない。そういえば、筆の持ち方もそうだった。字は上手いという訳ではないが下手でもない。
その辺り、僕は姉上にみっちりと、それこそスパルタ教育で覚えさせられたが、銀さんは一体誰に教えてもらったのだろう。
家族がいないとは言うが、赤ん坊が一人で大きくなれる訳もない。たとえ家族ではなくても、誰かに育てられたのは確かなのだ。物心が付くころにはいなかったのか、それとも家族と思うことが出来なかったのか。
結局、僕は何も知らない。
既に新八が夕飯の支度をし始め、辺りも夕日で赤く染まっている。
「どーした、神楽」
「いーから一緒に行くアル。面白いもの見せてやるネ」
「面白いもの?」
「それは見てのお楽しみヨ」
神楽の表情は悪戯っ子の見せる笑みで。
銀時はめんどくせーなと言いつつブーツを履いた。
新八も鍋の火を止め、揃って出掛けた。
* * *
着いたのはすぐ近くの空き地。
「そうか、もうそんな時期だっけなぁ」
「綺麗ですねー」
その空き地の壁沿いにずらりと彼岸花が咲いている。
暑さ寒さも彼岸まで。すっかり涼しくなった風がさわさわと彼岸花を揺らす。
しかし、神楽は見入る二人の背中をトントンと叩いた。
「私が見せたいのはこっちネ」
神楽に手を引かれて、空き地の片隅へと行く。
それを見せた神楽は自慢げににっこりと笑った。
「まるで銀ちゃんみたいと思ったアル」
「ホントだ。銀さんの頭そっくり」
「幾ら俺でもここまで跳ねてねぇって」
「そうネ。お前はもじゃもじゃアル」
「ちょ、お前、もじゃもじゃはねーだろ!」
「でも真っ白で綺麗ヨ」
「うん」
「……それは銀さんのこと言ってんの」
「「そんな訳ねーだろ」」
「ひでぇ!ハモって言うことねーだろ!」
「酷くないですよ。事実ですもん。だって」
「銀ちゃんの髪は銀色ネ。もっと綺麗ヨ」
「……お前ら」
「あー、銀ちゃん、顔赤いアル!」
「えっ、いや……これは夕日のせいだから!」
「ったく素直じゃないなぁ。ねぇ?」
「本当ネ」
「神楽ちゃん、教えてくれてありがとう」
「どーいたしましてアル」
それは空き地の片隅に咲いた、白い彼岸花だった。
「ん?」
それは何の変哲も無いただの空き地。
だが、なぜか桂の足は止まった。
「……銀時」
空き地の壁際にずらりと咲く真っ赤な彼岸花に混じって、ひっそりと、しかし埋もれることなく存在を主張しながら咲く白い彼岸花。それはまるで彼のようで。
その昔、たとえ一面の真っ赤な血の海の中であっても、どれほど血に塗れていようが、どれほど遠くであろうが、彼を見間違える事は無かった。勿論、幼い頃からの顔馴染みだったせいもある。それでも、眼を惹き付けるには十分過ぎる異彩を放っていた。だからこそ、白夜叉と呼ばれるようにもなったのだが。
あの男は今も変わらず白く咲き続けているのだ、と思った。
市中見回りの最中、急に立ち止まった沖田につられ、土方も足を止めた。
「どーした、総悟」
「土方さん、見てくだせェ。アレ、万事屋の旦那に似てやせん?」
「あぁ?」
沖田が指し示したのは、空き地の隅に咲いていた白い彼岸花だった。
「くるくるパーっぽいところがそっくりだな」
「ですよねィ」
珍しく意見の一致した二人は笑いながら、再び歩き出した。
「けど、なんでアレだけ白いんでしょうねェ」
「さあな。色が抜けちまったか、そもそも種類が違うか……総悟?」
それは囁く程度の微かな呟きだが、はっきりと土方の耳に届いた。
―― 一つだけ赤く染まらないなんて、ずるいと思いませんかィ?――
「そう、ご……」
「何でもありやせんよ。行きやしょう」
土方は沖田に掛けるべき言葉を探したが、どうしても見つけ出すことが出来なかった。