2001年度へ | 徒然日記 |
01/April
01/04/30(Mon.)
何処かの国はメーデーよりも連休を優先し、エプリールデーに変わったが、中国のメーデーは盛大であるらしい。
また、中国でもゴールデンウイークがあり、私の関係する企業では、4/29,30が出勤日となり、その後7日間の連休となる。
01/04/29(Sun.)
大連市では毎日からから天気で乾燥し埃まみれになったが、日本でも久しぶりの雨との事。
鳳来町の山はたった十数日間見なかっただけだが、すべての木々の若葉が揃っていた。うぐいすも小鳥もすばらしい声で鳴いていた。自然は良い。
自然の少ないところで生活すると、四季のある緑豊かな国の良さを改めて意識する。
01/04/27(Fri)
毎日短波放送で日本のニュースを聞いている。
長時間にわたって、短波独特の抑揚(QSB)も無く日本からの放送が入るので、ラジオを点けっぱなしにしている。中国語での放送しかないTVは殆ど見ない。
私の中国語を学習してからもう20年近くも経過している。以来、語学とは遠ざかっていたが、近年になって英語が必要になり英会話と英作文では苦労しているので、中国語ではなく英語をやっておけば良かったと思った事もあるが、今になって中国語もムダではなかったと思えるようになってきた。
中国語は完全に忘れていたと思っていたが以外に使えることがわかった。昔覚えた単語と文法を駆使して「我学習中国語20年前」と言えば発音も文法も間違っているのだろうが何とか伝わるようだ。相手が解らなければ「あなた中国人?私上海語を話しているのになぜ解らないの?」と言えば良い。昔ドイツから来た人に 「Ich kenne nicht sprache Deuche」 と言ったら 「私、日本語出来ません」とウインクしながら応えられたことと同じような展開だ。
言葉は使う事によって楽しみが出てくる。
01/04/26(Tue.)
インターネットが旨く行かない原因は電話回線の混雑に依ることがわかった。
当地で朝早くならば間違い無く接続できる。
01/04/23(Mon.)
自分のパソコンからはインターネットがつながらないので、当地の人に依頼してインターネット接続し、アクセスポイントの情報を得た。
自分のPCの設定を変え、ホテルでトライしたら見事に一発で現地プロバイダーに接続でき、貯まっていたメールのダウンロードが出来た。再度試みても今回は旨く接続出来るようになった。
所がドッコイ、一度切断し、今度は長時間かけてメールを作り、送ろうとすると、先日と同じ「相手のコンピューターに切断」のメッセージ。どうなってるの。
01/04/22(Sun.)
大和ホテルは100年近前に作られたものとのこと。周辺の建物と比べても今も堂々としている。しかし大連駅は古めかしく暗くてきたない。ずっと前に訪れたときに比べて、高層ビルが増えた事に驚いている。しかもまだ至るところに高層ビルを建設しつつあり、何処まで近代化するのか予測が出来ない。
道路に横断歩道があるが、信号が無く、当地の人達は平気でわたるのだが、自分は横切るのに躊躇する。とにかく「皆で渡れば怖くない」と信じて皆の中に挟まって渡る事にしている。交通事故が起きないのが不思議なくらいである。
01/4/21(Sat.)
ローミングサービスなるものを使ってインターネットを試みるが、今までに2度だけしか成功していない。
同じ設定で、今度やると接続が出来なくなってしまう。それで、二つの現地アクセスポインに対して、手を変え、時間を変え、あらゆる?方法を試みるが、回線がビジーで時間をおいて再度試みろ/設定不良だよ/認証IDの入力ミスがありまっせ等のメッセージが出てしまい繋がらないのである。 こちとらは言いたい「さっきと同じ設定だぞ」。
日本のプロバイダーに直接電話してその原因を聞くが「お客様の使われようとしている現地プロバイダーには正常にアクセスできます。もう一度試みてください・それでも旨く行かないならばもう一度電話ください」との回答である。蛍光灯まで買ってきて/訳もわからないようなローミングサービスガイドブックをひも解き/眠い目をこすりながら試みても出来ないから高い電話料を払って聞いているのに。
直接自宅のアクセスポイントまで電話をかけて試みるが、同じメッセージが出てしまう。困ったものだ。
01/04/19(Tue.)
ホテルの部屋は照明が暗い。まあまあと言えるのはなぜか風呂場・便所・洗面所である。今回滞在しているホテルは特に暗い。暗くて本も読めないので、百貨店へ電気スタンドを買いに行った。購入した蛍光灯スタンドの値段は日本の価格と同じ程度である。驚いたのは蛍光灯の隣に陳列されている電子レンジが蛍光灯と同じ程の価格であり、これは日本の半額以下である。
01/04/18(Wed.)
中国は6,7年ぶり・当地は20年ぶりのことである。空港の大きな標識は記憶があったが、降りたってみると余りの発展ぶりに驚いた。何もかも変わっている。当地に滞在すると、更にその変わり様が明らかになった来る事であろう。
01/04/16(Mon)
ローミングサービスの設定をした。
インターネットで、手続きをして、ホームページからその設定法を学び、云々していると電話回線使用料がどんどん加算される。自分の場合は電話会社がプロバイターを兼ねているので、難しい・訳もわからないような検索と設定をさせてもらっているのは、「業者のわなにはまった」と言いたいような心境である。結局、数年前に使ったガイドブックを探し出し、それを見ながら設定を完了させるはめになった。 いざテスト的に接続すると「回線が混雑・・・再度トライ下さい」のメッセージが出て、接続テストは出来ない。仕方がないので、説明書等を一式持参しての出張となる。時々必要になるサービスを継続契約しておけと言われているようにも思える。
とにかくコンピュータ関連の書類は不親切なものが多い。作者は、少しあるいはかなりわかっている人ではなく、私の様になにもわかっていない範疇の者にとってのホームページあるいはマニュアルとはどうすれば良いのかを検討したことはあるのだろうか。素人にやらせてみて、見直しをした事があるのだろうか。IT関連をメインとしている大企業のホームページでも、リンクが不完全で、一画面ずつ戻らなければならなったり、ループしているものがある。何処かの企業H/Pのような、リンクされているファイルの中身に整合性が取れていないものがあるのとは訳が違う。
三波春夫さんの「お客様は神様です」の名言は、38年も前に作ったらしい。
各企業は「CustomerSatisfaction」などと言っていろいろやっている所も多いが、一時ほどの盛り上がりがなくなった様にも思える。
01/04/15(Sun.)
今日は、私の誕生日である。
年を食うと、誕生日が来てもうれしくない。逆にあと何回誕生日が迎えられるのかと考えてしまう。
01/04/14(Sat.)
外国に住む先輩から、久しぶりに名文とはじめての美しい写真のメールを貰った。彼のデジタルカメラは最新式のものらしく、写真が綺麗である。
偶然だが、もう一人の知人からのメールも同時に入電?した。もう一人も時々写真を送ってくれていたので、今日の大きなメールは後者からのものと疑ったが、そうではなかった。
早く、高速回線が安価に敷設されないかなあ。森総理大臣に期待していたのに。
01/04/13(Fri.)
久しぶりに寒くなった。部屋のストーブを撤去してしまうのが少し早すぎた。手がかじかんでキーボードを打つ指が動かない。
昨年夏、左手の小指と薬指の間を怪我をした時の後遺症が残っているのか、特に冷たくなると小指の動きが悪くなる。しかも2週間ほど小指を使わずキーボードを叩いていただけなのに、今は小指が使えなくなってしまった。退化は恐ろしいものだ。退化は指だけではなく「能みそ」にも来ているらしい。
01/04/12(Thur.)
日記を書くことをだいぶサボった。たった数日の事であるが、その期間中にいろいろな出来事があった。
我が広くなった机の上に、新しいデスクトップが1台乗っかってしまったので、またまた机上のレイアウトとケーブル処置の変更をしなければならない。新しいデスクトップとは新しく購入したとの意味であるが、これは新品ではあるが旧式のものである。ディスプレーは液晶タイプであるが、旧式のためだいぶ見にくく、PC本体の冷却ファンの音がうるさい。この二点を我慢すれば、サブ機としては十分であろう。価格も適当と思っている。今回購入したような/数世代前の新品の/まだまだ使用に絶える能力のある/安価なパソコンがあるならば、パソコンショップでなぜ店頭販売されないのだろう。高価なものを少しでも安く買うためにいくつものショップを歩く必要がなくなる。
このデスクトップにもインターネット設定をし、一つのメールアドレスの送受信を分担させることとにしたので、間違って送受信することが減少すると思われるので、迷惑をかける事は減るだろう。
東南アジアの発展途上国では、パソコンを普及させるために、裕福でない家庭に政府が無償配布しているとのことである。
日本政府は訳もわからないような「IT」を言う前に、まず、一家に一台のパソコンを配布し、パソコン・アレルギーの人/使えない人がないようにすべきである。「IT」はパソコンを使える事が/使うと便利であると理解することがまず必要である。パソコンを知らないお年よりやパソコン・アレルギーのお偉いさんに「IT」を言っても、馬の耳に念仏である。
私の友人は大正生まれであるが、彼の毎日の活動には頭が下がる。
01/04/07(Sat.)
鳳来町はうぐいすをはじめいろいろな小鳥の楽園である。また、梅・桜・桃の花が混在して咲いている。
特にうぐいすは盆過ぎまで囀っており、一年中小鳥の鳴き声を楽しむ事が出来る。私が無線の山中移動運用をしているときには、私の声でなく小鳥の声を送信せよと言われたこともあるくらいだ。このような自然豊かな所は、開拓せずにそのままで何時までも残して欲しいものだ。
01/04/06(Fri.)
豊川の桜は、今満開である。夜桜と月をデジカメで写真を撮ってきた。
染井吉野はクローン植物と聞く。桜の寿命は50年と言われるから、絶えることなく吉野桜を全国に広げ、花を咲かせるまでに管理した人々のエネルギーは莫大なものとなろう。桜はやはり日本の象徴になるはずた。桜の花の下での宴会もまた日本分文化の一つか。
葉の出る前に大木が見えなくなるほど花を咲かせて、数日で跡形もなく散ってしまうのは不思議である。
01/05/05(Thur.)
野茂が2度目のノーヒット・ノーラン試合達成。イチロウは今日は2安打。いずれも立派な「力の発揮」である。
今度の中国での米軍飛行機事故に対しての中国の出方に興味がある。えひめ丸事件に対する日本政府あるいは日本民衆と中国のそれとはだいぶ違う様だ。日本は小国・中国は大国と言われても仕方がない。
日本国のハワイにおけるえひめ丸事件は、既に「お蔵入り」してしまった。次の総理大臣選びに明け暮れている。
01/04/04
家の外壁のペンキ塗りを始めた。
ペンキ・刷毛等を揃え、いざスタートして見ると、思っていたよりもはるかに難しい。ペンキが垂れる/むらができる事は予測していたが、塗ってはいけないところにまで 窓のサッシ/ガラス/床面だけでなく衣類/顔にまで ペンキを塗ってしまうことは予測していなかった。それだけではない。腕が/肩が/腰が痛い。
プロとアマの違いを痛感する。でも、手抜き工事はしていない。下地処理/さび止め/仕上げ塗りは満足できるまで丁寧にやった。5,6年経過すると、アマが苦労した成果は耐久性になって現れるはずた。
今回は脚立やハシゴから落ちないだけでもよいとしよう。
01/04/02
この数ヶ月の日記を読み返した。徒然日記は、下手な訳もわからない文章である事を痛感する。
つれづれなるままに、日暮らし、硯に向かひて、心に写り行くよしなしごとを、そこはかとなく、書きつくれば、あやしゅうこそものぐるほしけれ。と卜部兼好さんは言ったが、到底その心境にはならない。
わたしの場合は、「パソコンに向かいて、そこはかとなく、書きつくれば、ただ、自己満足するだけ」である。
01/04/01
きょう四月一日はエプリールフール。新聞にはフールの記事はなく、いつもと同じ暗い話ばかり。
中日新聞のトップには、制度改正として、リサイクル法・改正少年法・情報公開法・厚生年金支給開始年齢の引き上げ等が記載されている。
※リサイクル法は家電だけでなく、リストラで出される「人」にまで適用されるように法改正するともある。面白い。もう少し人を大切にするようになるだろう。
※情報公開しなくとも防衛庁にまでハッカーが入っている。週刊誌はスクープ記事ばかり。新しく政治家用に特別公開法も作るらしい。
※改正少年法を適応しても、犯罪増加率はうなぎ昇り。すぐに刑務所は満杯になるから入れてもえなくなるので、軽犯罪でも死刑を適用する事を検討している。そのために司法試験合格者数を増やすらしい。
※厚生年金はそれを貰う年齢になったときには、自然破壊・新ウイルス・有害食品が悪さして人類が滅亡している。自分の今日/明日の事がでもわからないのに、ずっと先のことが保証されていると考えられますか? 杉花粉やこうてつ病は新型兵器のテストであると防衛庁機密文書(FileNo....)に書かれているのですぞ。
私も、本日から新年度が始まる。新年度からは「自分の夢」の実現に邁進しよう。